| 1908年、オーストリア、ザルツブルグ生まれ。3歳の時、ピアノを習い始め、4歳半の時には、ステージで演奏するなど、天才として騒がれた。ウィーン音楽アカデミーに在学中、指導教授のすすめで、指揮者の道へ転向。卒業後、ウルム市立歌劇場の指揮者として活躍。35年、27歳という若さでアーヘン市の音楽総監督に就任。戦争により、活動を禁止されるが、イギリスのフィルハーモニア管弦楽団で復帰。55年以降は、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督・常任指揮者、ミラノ・スカラ座のドイツ・オペラ部門監督、ウィーン楽友協会合唱団の終身芸術監督などを務める。89年、急性心不全のため死去。 |