総合TOP > リコメンドインデックス > (隔)週刊 鷺巣詩郎 > 2008/01/23 Take 6
昨年末のこと、クリスマス直前に帰国した東京の街中で流れていた自分の曲に、耳を奪われた。 自作『London Freedom Choir/SHIRO'S SONGBOOK Selection』に収められた“The Glory Day”であり、唄っているのは、まごうことなき、あのTake6である。「あ〜久しぶりだな〜」…このトラックを聴くのも、そして彼等のボーカルを聴くのも。もちろん普段僕が持ち歩く5〜6台のオーディオ・プレイヤーの中にTake6のアルバムはすべて入っているのだが、なぜか最近ごぶさただったせいもあり、そして自分の曲だったせいもあり、ふと、立ち止まって聴き入ってしまい、いろいろと思い出した。 あれは2003年のことだった。その『London Freedom〜』の制作も最終段階に入った9月上旬、その半年前に僕がプロデュースしたヴァイオリニストMayaのアルバム(『Angel Plays Soul』)を聴いたと言うTake6のマネージャーから、Mayaのメーカー担当者に「彼女と何かコラボでも…」という提案が来たのである。たまさか、その担当者は僕のSHIRO'S SONGBOOKの担当でもあり、しかもTake6の次作のディール中でもあった、という繋がりである。アルバムをリリースしたばかりのMayaより、そのプロデューサーであり、ちょうど『London Freedom〜』を制作中だった僕とのコラボはどうだろう? 自然な流れで、話は僕のほうに傾いてきた。 アルバム制作中の僕はあらゆるケースを想定して熟考した。昨今データのやり取りだけで遠隔地コラボなどいくらでも出来るが、しかしそれはリズム面でのリミックス的やりとりや、リード・ボーカル、単体楽器のゲストなどだからこそ可能なキャッチボールではないのか? 和音構成、構築をとことん追求する彼等Take6のスタイルと、それにかけては何より人後に落ちない僕が、果してデータのキャッチボールだけで意志疎通が可能か? 否、ピアノの前で彼等と面と向かわなきゃ絶対ダメだ…じゃ行くか、ナッシュビルに? 否、10月中旬のミックスまで一時なりともロンドンから離れられない… チクショー、時間的にどう考えても彼等とのコラボはとうていムリか? との結論に達する直前、あるアイデアがひらめいたのだ。 「“The Glory Day”をアカペラで…やってもらおうか…」 これだ!! 同2003年の12月新譜だった『London Freedom〜』は、わがFreedom ChoirによるChristmas Songをボーナス・トラックとして入れることだし、もう一曲Christmas Songを入れるってのもイイかもしれない。なにより『London Freedom〜』は、“The Glory Day”を唄ったMisiaのレーベルからのリリースだ。そこで僕が彼女に書いたこのChristmas Songのカバーを、なんとTake6が唄う……うん、なんともゴージャスな整合性じゃないか、と。 さらに僕は考えた。この際「Shiro SAGISU featuring」に固執せず「Shiro SAGISU presents」という考え方で、彼等Take6スタイルに委ねてしまっても面白いんじゃないか、と。 さて、その後の成り行きも正直に書いてしまおう。その後トントン拍子に話は進み、僕の思惑どおり彼等Take6に委ねた制作は、現地ナッシュビルで10月にスタートした。当初は順調に進んでいたが、バッキング・ボーカルを録り終えた10月中旬あたりから雲行きがチョット怪しくなってきた。それまでもTake6として他のアーティスト作品にバッキング参加する、いわゆる客演は全くめずらしいことではなかったが、いわゆる「リード・ボーカルも含めた」Take6丸ごとのゲスト参加など、それまであり得なかったからだ。じっさい誰がリードを唄うか? みたいな彼等の内部での試行錯誤もあったようだ。 さて、10月下旬になり、『London Freedom〜』は他の曲のミックスもすべて終わり、LAでのマスタリング直前に、彼等のマネージャーからマスターを受け取るハズだったのに、まだ誰がリードを唄うかで彼等6人の話がまとまらない、という理由でプロダクションが中断してしまったという非常事態を告げられたのだ。仕方なく、他の曲すべてのマスタリングを敢行し、納品は彼等を信じるのみ、となった。 なにせLAでマスタリングを終え、飛行機に乗り込まんとする10月末日の最終段階に、1曲のマスターだけがまだ誰の手元にも無かったのだ。収録曲変更? ジャケットなど全ての印刷の差し替え? はたまた修正シール手貼り? など、もうあらゆる悪夢(笑)が頭にうかぶ…東京での、読んで字のごとし「デッドラインぎりぎり」の工場送り前日、DHLでもFedExでもない特殊なクーリエ(なんとアルバイト本人が飛行機に乗って持ってくる!? というスタイルの業者)が、ナッシュビルからマスター・データを運んできたのだ。 この声、このハーモニー…素晴らしい出来ばえに満足、そして安堵した。いやはや、彼等には、なんともドラマチックなフィニッシュまでをも演出されてしまったものだ。 そう、こんな顛末、逸話を残したトラックだ。そりゃ、立ち止まって聴き入ってしまうわな。 それから2年後の2004年にリリースされた、彼等Take6のニュー・アルバムに、僕はこんな一文を寄せた。 長く膠着状態だったジャズとゴスペルに対し、Take6の登場により打込まれ た楔(くさび)の役割は、音楽面でとてつもなく大きく、かつ革命的。 2年前、自作に彼 等をゲストとして招き入れることができた僕は、なんという幸せモノか!! その時から制作が進行していたという本作を聴き、感慨深い。 彼等のアルバムは、いつも「音楽をやるうえで人間の可能性は無限大」 と教えてくれる。 鷺巣詩郎(さぎすしろう)