総合TOP > リコメンドインデックス > (隔)週刊 鷺巣詩郎 > 2007/10/17 ジム・ホール
「ジャズ・ギター」……ジャズ・ピアノに勝るとも劣らない、なんとも興味深い分野であろうか。 ジョージ・ベンソンの項でも触れたが、1980年代以降、いわゆる「箱ギター」(フル・アコースティック、もしくはセミ・アコースティック)の新たなる弾き手が現れていないという由々しき現状が、逆に1950〜70年代というジャズ・ギターの黄金期を凝縮させ、より際立たせている。 いまでも、ジャズ・ピアニスト、そう、コースティック・ピアノの新星は次々に現れているが、箱ギターの新星は、なんと「ここ四半世紀ぐらい」は現れていないのである。 古くはジャンゴ・ラインハルトから、チャーリー・クリスチャン、ケニー・バレル、バーニー・ケッセル、ウェス・モンゴメリー、ジム・ホール、タル・ファーロー、ジョー・パス、バーデン・パウエル、ジョージ・ベンソンまで…まあソリッド・ギターは弾くがフュージョン以降のギタリストたちとは一線を画すラリー・コリエル、ジョン・マクラフリンあたりまでがギリギリかな…このあたりが「箱ギター黄金期」の系譜に属するギタリストたちであろう。 いまどき、エレキ・ギターを弾くだけで世間一般から不良の烙印を押されるようなことは有り得ないが、笑い話のようだが60年代までというのは、本当にそういう時代だったのだ。90年代のギャングスタ・ヒップホップが読んで字のごとく、そのように世間から疎まれたこともあったが、それとて「今は昔」である。こうした社会にまで多大なる影響を及ぼした数々の音楽におけるニュー・ウェイブも、いまではもはやクラシック、オールド・スクールと形容されている。そういう意味ではセミ・アコ(ースティック)とはいえ、電化増幅された「いわゆるエレキ・ギター」という新しい楽器を用いたジャズ・ギターという分野は、それまでのジャズとは打って変わった「まぎれもないニュー・ウェイブ」であったはず。ジェネレーションとしては3つも4つも前のハナシだが、かつては、とてつもないムーブメントだったのだ。 今回とりあげるのは、そんな系譜のメンバー中ダントツで「いちばん渋い」ジャズ・ギタリスト、ジム・ホールである。 「渋い」以外にも、ジム・ホールは「いぶし銀」「クール」「老練」「柔和」「優しさ」「哀愁」などという形容であらわされることが多いジャズ・ギターの名手中の名手。ジョー・パスに代表される「人間離れしたテクニシャン」系ではなく、いわゆる「音数は少ないが、音楽的には雄弁」という、玄人派である。 僕も日米で何十回とライブを観た。そのうち大部分はギタリストと共に観ている。中には熱狂的なジム・ホールのファンも、そうではないギタリストも一緒だったが、彼等がジム・ホールの生のパフォーマンスに触れ、一様に驚いていたのが、その「運指(フィンガー・ポジション)の特異性」だった。 たとえば“Billie's Bounce(ビリーズ・バウンス)”という、ビバップのジャズ・ブルース名曲がある。この曲をやったことのないジャズ・ミュージシャンなど絶対この世にいない、というようなスタンダードであり、ギタリストたちは「だいたい、このような運指で弾く」というのがあったが、ジム・ホールのポジションは、それらと著しく違っていたのだ。「あ〜、だから独特な響きなんだな」という発見がジム・ホールにはやたらに多い。そう、このあたりはジャズ・ギターの面白さの醍醐味だ。 それは、たとえばB.B.キングやフレディ・キングといった偉大なブルース・ギタリストたちが「撓(しな)る=弾力のある強固な」響きを追求するあまり、半音下げて(あらかじめ弦を均等に半音ぶん緩めて調弦しておく)チューニングするのにも似ている、そういうギター独特の面白さにも、つながっている。 「Cool Beauty=クール・ビューティー」こそジム・ホールの本領であり、「地味」という形容が、これほど褒め言葉になるギタリストも他にはいないだろう。ロックで言うところのエリック・クラプトンの立ち居地(ポジション)にも似ているかもしれない。ビル・エヴァンスと共に完成した名盤『Undercurrent=アンダーカレント』(1962)、ロン・カーターと共に完成した名盤『Alone Together=アローン・トゥギャザー』(1972)、そして、まさしくジム・ホールが弾くために書かれたようクラシックのマスターピースを弾き大ヒットした『Concierto=アランフェス協奏曲』(1975)など、名盤も多いが、この『Live=ライヴ!』は、そうした名盤発表後の一番アブラの乗った時期のパフォーマンスが聴けるのである。 蛇足かもしれないが興味ぶかいエピソードをひとつ。見るからも、そんな地味な好々爺の印象が強いジム・ホールではあるが、かの時代のジャズ・ミュージシャンの悪例にもれず、いわゆる「ヤク中」になり、更正施設に収監されてしまったこともある。さらに驚くべきことに、そのとき彼の担当医だった精神科医の女医さんを口説いて、なんと奥さんにしてしまったというのだから…いやはや外見にしてはなかなか「やり手」な好々爺(笑)…ま、じつは典型的なジャズ・ミュージシャンなのかもしれない。 このあいだ紹介した渡辺貞夫のアルバムもそうだったが、このアルバムも高音質によるダウンロードが可能。熟練の名手ジム・ホールによるジャズ・ギターの素晴らしい機微が、よりいっそう浮き彫りになるであろう。 これまた、「素晴らしいアーティスト」による、「素晴らしい音楽的内容」と「素晴らしい音質」を誇る、三拍子そろった名アルバムである。 鷺巣詩郎(さぎすしろう)