総合TOP > お役立ちインデックス > OnGenアーカイブス > (隔)週刊 鷺巣詩郎 > 2007/06/20 鷺巣詩郎
あれは、たしか2003年の晩夏〜初秋ごろ、僕はスペイン北西の海岸沿にある宝石のように美しい小さな町San Sebastianで自作SHIRO'S SONGBOOK『Selection』の最後の作業をしていたときだったと思う。東京から「紀里谷和明氏の監督第一作『CASSHERN』の音楽を」と言う打診が来ている旨のメールが来た。 当のSONGBOOK作業は、その後、仕上げでLos Angelesに赴けば無事完成、12月の発売まではプロモ中心だったし、さしあたって年末までの仕事はスウェーデンの歌姫Meja(メイヤ)のプロダクションをLondonで1曲仕上げることだけだったし、2004年1〜2月にMISIAのドームツアーの仕事も入ってはいたが、Londonから来日するChoir連中のキャスティングが済んでいたので、3〜4ヶ月前にして実務の峠は越えていた。つまりスケジュール的に映画仕事は、じゅんぶん可能だったこと、そして『CASSHERN』という映画の内容や情報もネット等メディアから得て、どういう作品になるのか何となくではあるが理解できていたこともあり、僕は「もちろんやるよ!その仕事」との返事を、東京の身内に送ったのである。 そう、2004年5月公開の『CASSHERN』だが、じっさい僕がはじめて紀里谷監督と打合せを持った2003年10月の段階で、クランクインどころか、もうクランクアップ(すべての撮影は終了)までしていたのだ。そりゃ情報も豊富なわけだ。しかも、絵の荒編(えのあらへん)「=映画の最初から最後まで、ざっくり繋がってる状態」まで、しっかり出来あがっている状態で、通常の映画仕事でまず最初に強いられる、本(台本)を読む必要も、コンテを追う必要もまったく無かったのほど。 さらには、全編にすでに監督によるテンプ・トラック(既製参考曲)までが、すべて貼り付けてあり、まさに準備万端整ったうえで僕に発注されたことが読み取れた。テンプ・トラック=Temporary Trackとは、Original Sound Trackの対語のようなもので、読んで字のごとく「一時的に映像にあててみる参考曲」のことであり、監督が「自分は、この場面でこういう曲を欲している」という作曲家への意思表示となるものでもある。既製映画のサウンドトラックの場合もあれば、クラシック楽曲の場合もあれば、広範囲ポップスの場合もあれば、民族音楽や伝統音楽の場合もあれば、クラブ・リミックスの場合もある、時にはなんと監督の自作曲の場合まである。つまり何でもアリ……これぞ映画音楽仕事の醍醐味でもあり、難儀な点でもあるわけだが。 古今東西、われわれ同業者の間では、この「監督によるテンプ・トラック」を嫌う者も多い。ま、理由はカンタンで、大げさに言えば自分の想像力を迫害されるから、という理由だ。逆に好む者も多い。こちらも理由はカンタンで、監督の好みが一目(一聴)瞭然だし、これまた大げさに言えば海外などでは外国語など言語コミュニケーション問題回避のためにも、という理由だ。ま、優秀な映画監督ほど、世間的にいうところの(笑)奇人変人が多く、ただでさえコミュニケーション・ブレイクダウンに陥りやすいし、そういう意味でも好き嫌いはともかく、テンプ・トラックは大いに有効なのではないか? と僕は考える。 ただし、監督側に言わせると、音楽家のほうこそ圧倒的に奇人変人が多く、意思疎通が難儀だ、ということらしいが(笑) ま、どっちもどっち、ということで…。 なワケで、公開8ヶ月前の初回打合せ段階で、僕は『CASSHERN』の全貌と、監督の「欲するところの音楽のフレイヴァ」を、かなりなところまで手に入れることができたのである。ただし全貌とはいえ、CG主体のこの作品においては、通常は峠越えを意味するクランクアップは、単なる「はじまり」に過ぎなかった。それから公開までCG作業の苦行が続くのだ。つまり映像上、役者たちは演技はしていても、すべてバック(背景)は無し=CGで抜く(差し替える)ため青、緑一色の状態だ。映画の市販DVDのボーナス映像でもおなじみだとは思うが、のこのCGを仮定した映像というのは、ある種、学芸会のようであり(笑)とてつもなく情けない代物。 しかし、少なくはあるが数箇所CGが完成している部分もあり、その分野で圧倒的な実績を持つ紀里谷監督の理想とするCGシーンを垣間見ることもできた。それが素晴らしければ素晴らしいほど、スタッフはみな不安になるもの(笑)……なぜなら、そのCG作業がハンパじゃなく大変なことを知っているからである。このわずかなシーンでさえ、これだけ大変なのに「これから半年で、これを2時間ぶんも作らなきゃならない」と想像するからである。そりゃ、めまい、さむけ、はきけ、などが一気に押寄せ、夜も眠れなくなるわな…。ま、そうじゃなくとも、じっさい夜はねむれなくなる(笑)徹夜の連続になるのだが。 紀里谷監督のテンプ・トラックは、僕としてはすべて知っている楽曲ばかりだったので、まだ時間もあることだし、映像や物語の世界観を理解したうえで、僕なりのオリジナル・テンプ・トラックも作ってみよう、つまり「イメージ・デモ」のようなものを作りたい、と監督に申し出た。 今でもよく覚えてるのだが、ウェスティンとオークラのスウィートに機材を持込み、まず東京で10日間、そしてLondon、Parisに戻り10日間、合計3週間で、20曲程度のイメージ・デモを監督に提出したのが2003年の年末だった。 うち半分ぐらいのモチーフを紀里谷監督はとても気に入ってくれた。すべてのモチーフは、サンプリングしたギターをPro Toolsではなく、あえてLogic上で粒子を落として編集に編集を重ね、ループさせて、上からシンセやシンセ・オケを重ねたものだ。とくに監督のお気に入りは、結果的に、このCASSHERN ORIGINAL SOUNDTRACKの1曲目に収録されている(つまり、そのモチーフが進化して)“荒廃”へとなった、イントロのギターとピアノによるループだった。映画の冒頭という重要な役割の曲、しかも、かなり長く続くこのシーンには、かなり思い入れ深い紀里谷監督によるテンプ・トラックが当初はまっていたのであるが、監督はいともあっさり、そのテンプ・トラックの曲想を捨て、なんと大胆にも、この“荒廃”を採用したのである。これはすごく嬉しかった。映画としての『CASSHERN』のオープニング場面も僕は大のお気に入りだ。 かくして、『CASSHERN ORIGINAL SOUNDTRACK』のうち、半分の10曲ぐらいは、そのとき僕が提出したイメージ・デモから発展させたもの、そしてのこり半分の10曲ぐらいは監督のテンプ・トラックによる要望を汲みいれて、僕が作曲&オーケストレーションしたもの、となったのである。 2004年1〜3月の制作当時、下高井戸にあったCASSHERN制作本部と、僕の仕事場だった六本木ヒルズを毎日のように行き来して、連日、紀里谷監督と作業したのをよく覚えている。『CASSHERN』は僕にとってひじょうに思い出ぶかい作品となった。 鷺巣詩郎(さぎすしろう)