チャーリー・パーカーらとのビバップ時代もしかり…それから一転してこの『Birth of the Cool』からはじまるギル・エヴァンスとの素晴らしい作品群でもそう…『Kind of Blue』で画期的なモード解釈による新しいジャズを開拓したときだって…そして、モダンジャズ史上、最強のコンボ=ラヴェルやドビッシーが乗り移ったかのように美しいH・ハンコックのピアノ、研ぎ澄まされた名刀のように鋭いT・ウイリアムスのシンバルレガート、それらにしなやかに絡むR・カーターのベースを従えたときもそう…さらには、電化してから、後に各方面で才能が開花するR・ルーカス(マドンナとの仕事)のギター、M・ヘンダーソン(シンガー・アーティストとして成功)のベース、エムトゥーメイ(ソウル界きってのプロデューサーに成長)のパーカッションを従えたときも…マイルスはいつ如何なるときも「もっとも意外なタイミングで」吹き出し、「たった一音、まさに触るように発しただけで」それらバックを、それら黄金のリズム隊を意のままに、まるで黙らせるように統治した。彼の一音は、それまでの空気を切り裂いた。その切り口からはマイルス独特の色彩が溢れだし、またたくまにその場の空気を一変させた。その瞬間、マイルス以外すべての人間が感じる「背筋が凍りつくような」エクスタシーは、他にたとえようがない唯一無比の、マイルスだけのものだ。
このアルバムに代表される、マイルスが生み出した<クールという枠組み>は、短い観点からは「ビバップ(ホット)への反動」「脱ビバップ」「ポスト・ビバップ」という解釈になる。それはそれで決して間違いではない、正解だ。ギル・エヴァンスという大きな才能をもあぶり出すことにも成功した、この<クールの誕生>はレヴォリューショナルな出来事であったし、このアルバムやマイルスが率先することによって<クール>の名の下に他にも素晴らしいレコード芸術=名盤も世に出た。
しかし、もっと長い観点から、マイルスの生涯を考えた場合、この<クール>の後にも、これまた20世紀のジャズ界にとって最大のイノベーションである<モードによる解釈>や、晩年の<ファンク>などが押し寄せてくるのだ。そう考えると、このアルバム『Birth of the Cool』はマイルスにとっては「ほんの通過点」にすぎない。しかし20世紀のジャズ界にとっては「このうえない名盤」。Milestone(マイルストーン)=「マイル標石」の意もあり、「歴史上画期的な出来事」の意もある。まさしく、そんなところだ。そういえばマイルスには、さらにMile's Tone「マイルスの音」という意も引っ掛けた名曲もあったっけ……。