スティーヴィの“You are〜”が奇跡的にすごいのは、この曲の中にポップスにおける画期的なコード・アプローチが、なんと「2箇所も」ふくまれていることだ。まずイントロのBadd9・13 の後をうけて3、4小節目に鳴るF#aug5という和音。
1、2小節目のBadd9・13という和音が60年代USを席捲したCTIなどによるボッサ(ノヴァ)コードを意識したのは明らかだが、その1、2小節をうけて3、4小節でボッサのようにパラレルにメジャー・コードを動かしたり、オルタード系のドミナント・コードに動かしたりするのではなく、なんとも大胆にドミナント(V7)をオギュメント(5度を半音上げる)したところが、なにより「驚き」だ。もしかしたらスティーヴィーの偶然の所作によるものかもしれないが、それよりもF#7のオルタード・テンションを探しながら♭13thの「レ」の音が気になり、その同音を♭13thのようなテンションとしてではなくaug5として、この和音にたどりついたのでは、と自然に予測できる。だいいちスティーヴィがここで「なによりホールトーン・スケールを右手で弾きたかった」ことは明白だ。このホールトーン・スケールがこの曲のこの部分を後世に残る「和音遺産」にまで昇華させているのだ。
オギュメント・コード上でホールトーン・スケールを大胆に弾くこのアプローチは、60年代のマイルス(・デイヴィス)クインテット黄金期にハービー・ハンコックが多用した手法である。それが顕著なのは当時のマイルスの十八番レパートリーの“Stella by Starlight”という曲中でGaug5が2小節続く部分だ。どんな名手もかならず手こずることで知られる、このスタンダード曲の難所中の難所で、ハービーがとった大胆かつ見事なアプローチとは、右手で長三度の和音をパラレルにホールトーン・スライド(上下動)させること。一種独特な雰囲気を醸し出すこの手法はハービーが生んだ「飛び道具」として以後、本人のみならず世界中のジャズ・ピアニストたちが好んで多用しているものだ。
スティーヴィが「ハービーのホールトーン」をやりたかったことは、その後の二人の接近、共演などからも容易に想像できるが、こういった大胆なアプローチが当時のポップス・フィールドで提示されたことは、本当にすごいことだと思う。
さて、大胆なイントロの後、唄い出しから数えて4小節目に(You are the Sunshine of my Life〜という歌詞を受けて)スティーヴィがRhodesで鳴らすG#7(♭9・13)という和音が、この曲における2箇所目の大いなる和音遺産である。
この部分のコード進行を聴いて「アッパー・トライアドじゃん!」と即座に反応するのは、たいがいジャズを経験したミュージシャンだろう。正しい表記はUpper Structured Triad、つまり「上部に積上げた三和音」という意味であり、この場合コもードネームをG#7(♭9・13)ではなく、分数和音よろしくF/G#7と表記することもできる。上部(分子)三和音Fの構成音が、下部(分母)のG#7のルート(根音)から数えて「3rd(ド)、♭9th(ラ)、13th(ファ)」になっているという仕組みだ。
♭9thや13thなどのG#7の構成音以外の音が加わったコードが、いわゆる「テンション(Tension)コード」であることはミュージシャンなら誰でもわかるだろう。理論をくわしく説明するスペースはないがジャズ、モダンR&B、モダン・ゴスペルで聴ける「緊張感あふれる和音」といえばおわかりいただけよう。そう、ジャズではあたりまえのように使われていた、このテンション・コードがR&Bソウルでも聴けるようになった、その発端こそが、この曲のこの部分なのである。この曲でスティーヴィーがこう弾かなかったら、その後のR&Bソウル・ミュージック、いやポップ・ミュージック全般は現在のように進化してはいなかっただろうし、あきらかに違うものになっていた・・・この4小節目はそれほど重要、かつ偉大な和音なのだ。
しかも単にテンション・コードを使うだけでなく、スティーヴィがテンションとともに凝らした意匠が「アッパー・ストラクチャー・トライアド手法の導入」である。ピアノやギターもしくは単音楽器アンサンブルでコード進行をなぞるとき、下部の進行とは別に(つまりピアノの左手やベースなどの低音域に重要な構成音をまかせて)、上部(ピアノの右手や中高音域)は上部だけでテンションとコード構成音を組合わせた「独自の三和音」構築する。そして、パラレルに動かしやすい「三和音」の特性を生かし、この「上部に構築された三和音」を自在に動かす。このアッパー・ストラクチャー・トライアドは、ジャズでも60年代モダン・ジャズ以降に確立、洗練された新しい手法であり、それまでのスケールなど音列から喚起されるのとはまったく違ったスタイル、アプローチ、自由度をミュージシャンに与え、ひいてはジャズの生命線であるアドリブをも大いに豊かにしたのである。
スティーヴィが“You are〜”で、どのようにアッパー・ストラクチャー・トライアドを構築したのかを説明しよう。まず、唄いだし8小節間のメロディーから、ごく質素で単純なコード進行を付けるとしたら、普通|| B | E7 | D#m7 | G# | C#m7 | F#7 | B | F#7 ||(1小節ごと)となるだろう。が、しかし、スティーヴィはテンション・コードのG#7(♭9・13)を挟み、結果|| B | F#/E | D#m7=F#/D# | G#7(♭9・13)=F/G#7 | C#m7=E/C# | C#m7/F#=E/F# | BMaj7=D#m/B | C#m7/F#=E/F# ||と弾いた。それにより、上部(分数和音の分子)だけで|| B | F# | F# | F | E | E | D#m | E ||と「独自に進行する三和音」が構築されたのが、よくわかるだろう。しかも上部だけのパラレルな動きやすさといったら完璧だ。
ここで注目すべきは当然、和音遺産のG#7(♭9・13)を挟むことで完成された、3、4、5小節目| D#m7 | G#7 | C#m7 |の上部に構築された| F# | F | E |という、半音ずつスムースに下降する動きと、結果生まれた、えもいわれぬ美しい響きだ・・・この動きと響きを「発見して実践すること」が、イコール、アッパー・ストラクチャー・トライアドの発想なのである。
だからこそスティーヴィは、この和音遺産が鳴る4小節目では「何もしていない」のだ。そう、唄メロの隙間でありながらオブリは一切なし、ジャズ・ミュージシャンのように分散フレーズを弾くわけでもなく、アドリブをやるわけでもなく、ただただ淡々とテンションたっぷりのアッパー・ストラクチャー・トライアドのFを響かせる・・・スッポリあいた空間でとびきり美しい和音の流れだけを聴かせる・・・この「わかったうえで、やっている」クール極まる演出は見事!と言うほかない。
“You are〜”は、テンション・コードをふくんだアッパー・ストラクチャー・トライアドが堂々と持ち込まれた、ポップス史上初の「ナンバーワン」ヒットソングだ。