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Craig David
『The Story Goes...』
2005/08/24 Release
ダウンロード価格
トラック各 \150(税込) |
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1999年秋、私の手許にロンドンのリレントレスとゆうインディペンデント・レーベルから、一枚のサンプルが届いた。曲名とアーティスト名、それに連絡先の電話番号のみが記されただけの素っ気無いCDに、簡単な売り込みが書かれたペライチが同封された、まあなんというか、あまりやる気のない、UK/ヨーロッパものでは良く有るタイプの売り込みである。
「99年のミニストリー・オブ・サウンドで、最大のヒット曲となったのがこれだ! この曲は年明けと同時にポップ・チャートでも間違いなくブレイクするだろう」とかなんとか書いてあり、ふうーんって感じなのだがその時に限って何かが 引っ掛かる。見た事も聴いた事もない正体不明のアーティストなのに、何だかとにかく気にかかる。で、滅多にその場で音を聴いたりしない私なのだが、その時は珍しく資料を読みながら即聴きしたのだった。
それが、Artful Dodgerの「Rewind」だった。そこにはまだ、Craig Davidの名前はクレジットされてはいなかった。そしてそれから間もなく、99年の末から2000年の年明けにかけて、「Re-Rewind The Crowd Say Bo Selecta」とタイトルが変更されてリリースされた同曲は、見事に全英ポップ・チャートの第2位まで昇りつめる。
その当時、ロンドンでElisha La'Verneの3rdアルバムのレコーディングを行っていた私は、街中いたる所で「Re-Rewind The Crowd Say Bo Selecta」のサビを耳にする。Choice FMのDJスティーブ・レンの運転する車の中で、パイレーツ・ラジオから流れるR&Bヒット曲の非合法2ステップ・ミックスに度胆を抜かれる。スタジオ近くのイズリントンの青空市みたいなところで売られてた、K-Ci & JOJOのソウル・アサイラム・バージョンやらWookieやらが入ったブートレッグ(海賊盤)に腰を抜かすといった塩梅で、この辺から2ステップ/UKガラージにどっぷりと肩まで浸かってゆくのだった。ホントーに楽しかった。いやいやまじで。
だから、2000年の年明けには件の「Re-Rewind The Crowd Say Bo Selecta」を日本のavexで独占契約していた。エクスクルーシヴ・ライセンスというやつ。もうその頃には『This Is 2 STEP』とゆうコンピレーションのアイデアが頭の中に在ったから。
クレイグ・デイヴィッドのデビュー作、『Born To Do It』の日本盤に、「Re-Rewind The Crowd Say Bo Selecta」が収録されてないのには、実はこんな経緯があったのだ。もちろん契約した当時は、その後にTelstar/Wildstarとのディールを受けてビクターさんが『Born To Do It』をリリースする事になるなんて知る由も無いのだから、こりゃ不可抗力である。とゆーか先に楽曲契約しちゃったんだからしょーがない。
『This Is 2 STEP』の第一弾をリリースしたのが2000年の6月。たしかその頃には既にスティーブ・レンを通じて「Fill Me In」や「7 Days」が入ったMDを入手していたので、アルバムの日本での発売権がビクターさんだと知った時はホントに悔しかった。でもって意地になった私は、もう一つのArtful Dodgerの全英No.1ヒット、「Movin Too Fast」のフィーチャリング・ボーカルとして知られていたRomina Johnsonのアルバムを日本で出したりしたのだ。Rominaからその後リリースのお礼にとバローロをワン・ケース、わざわざイタリアから送って頂いたりした。これはちょっと自慢。
クレイグの新作の日本盤セールスが、10万枚を突破したらしい。私はこのニュースに胸が熱くなった。「なんだ、やっぱ海外チャートに関係なく、良いものはちゃんと売れるんぢゃん!」「媒体の人間より、ショップの店頭で試聴してCD買ってるリスナーの耳の方がよっぽど正確ぢゃん!」ってね。
クレイグの音楽は、オケがどんなフォーマットだろうと関係なく、クレイグ・デイヴィッド・ミュージックになる。2ステップだろうとR&Bだろうと関係なく、だ。これは彼のバックグランドがロンドンのアンダーグランドなクラブ・シーンで培われたからに他ならない。ファンなら、クレイグのボーカル・スタ イルが如何にオリジナリティーに溢れているかを理解してるだろうし、これがもしモロにアメリカのR&Bを模倣したようなスタイルだったら果たしてここまで売れたのか!?、とか、私はやっぱり思ってしまうのだ。
オリジナルで在り続けるには、本人の多大な努力と、それを支えるスタッフの理解と情熱が必要だ。で、もう一つ付け加えるとすれば、それはやっぱり運とか宿命とかそういったものになる。
Text by Ken "Sugarkane" Sato
鷺巣詩郎(さぎすしろう)です。
さすが研さん!! 今回も「なにも足さない、なにも引かない」レヴューをありがとうございます。いやはや、あの時のLondonにおける2STEPの嵐は本当にすごかったですね。
元来「ハネる(Swing)」音楽はUSが発祥というか本家本元であり、ここにポピュラー音楽の源泉があるんですよね。
この「ハネる音楽」ほど、動物的かつ数学的というか、プリミティヴかつプログレッシヴな音楽は無いです! 天文学者、数学者、物理学者などに、その法則を死ぬまで計算させても、死ぬまで解答にたどり着かないのが「ハネる音楽」であり、クラシック音楽にはないポップス唯一の「形態」、そう、近代音楽=ポップスが生んだ「崇高な発明」でもあるんですよ。もちろん各所の民族音楽と結びついた発明ですが・・・。
ま、Jazzなどを中心としたUS特産の「ハネもの」に、いつもUKはコンプレックスを抱いていたのかもしれません。で、60年代「Swingin' London」なんて呼ばれた時代から80年代にかけて、ゆるやかにですが少しずつUKが「ハネもの」に傾倒していくのですね。ある種ビッグバンはSoul II Soulでもあり、UK第一期のガラージ・ブームかもしれません。それから現在にいたるまで、UKというかLondonはガラージに端を発した「ハネもの」のメッカとなるんですよ、ハイ。
ぼくはガラージにしても、2STEPにしても、いつも思い出すのが御大バーナード・パーディーのドラムス。「なに演ってもハネちゃう(笑)」偉大なミュージシャンっていうのが居るんですよ。ああ、本当に偉大だな〜ハネられるっていうことは・・・
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