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Album
Herbie Hancock
『Speak Like A Child』 1968
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アルバム\1,000(税込)
トラック各 \150(税込) |
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もしドビッシーやラヴェルが生きていて、このアルバムを聴いたら、こう言ってこのアルバムを絶賛するであろう。
「我々の音楽を発展させた到達点」であると。
もちろん、チック(・コリア)もキース(・ジャレット)も素晴らしいピアニストであることに変わりはないが、彼等二人がクラシック音楽に取り組んだコンサートやCDを残し、クラシックにアプローチすればするほど、先の例ではないが、クラシックにあまり傾倒せずに(勿論その素養は充分ある。なにせ11歳のときシカゴ交響楽団でピアノを弾いたというのがハービー・ハンコックの輝かしいデビューなのだから)、いつも変ちくりんな新しい音楽ばかり面白がってそっちに擦り寄っていくハービー(・ハンコック)のほうが、よっぽどクラシックの先人たちを唸らせるのではないか、という皮肉をいつも僕は感じてしまうことが多い。
生まれてはじめて僕がハービーの和音感覚、その用法とセンスの「ものすごさ」にぶっ飛んだのはマイルス(・デイヴィス)の名盤ライヴ『My Funny Valentine』の1曲目“Stella by Starlight”のイントロを聴いたときだ。1964年のライヴ盤だが、その頃僕はまだ小学一年生だし、今となっては信じられないが当時は大人でもアルバム(LP)というのは発売されてすぐ買えるような「気軽な代物」ではなかった。雑誌に紹介されるのでさえ発売数ヵ月後。40年前でもアルバム一枚の値段は現在とあまり変わらないぐらいだから、当時いかに高価でリスナーたちを悩ませていたか想像がつくだろう。しかも小学生の僕が自分でアルバムを買うなんて夢のまた夢。発売後数年した1968年ぐらいに(当時はそれでも最新盤として通用した)年上の知り合いのリスニング・ルームで聴いたのだ。
もちろん他のモダン・ジャズという部類の音楽は、その頃すでに経験済みだったが、このハービーが弾くピアノ・イントロを聴いたその時「どこまでも吸い込まれそうな深遠さ、怖さ、少しうしろめたい妖艶さ、甘美さ」など数々の印象が同時に押し寄せ、かつ、その「やさしく、美しく、たおやかな響き」におそろしいほど興奮し、強い衝撃を受けたことを僕はいまでもハッキリと覚えている。
その後、僕は逆行して1962年のハービーのデビュー盤『Takin' Off』を聴き“Watermelon Man”に一瞬だけだが大いに戸惑った。だが、一貫して「ファンクネス」を追求する黒人音楽の推進者としてのハービーの横顔も、この曲によって知ることが出来たわけだ。早くからファンクやHip-Hopやターンテーブルなどをを精力的に取り入れる彼の姿勢はいま現在もまったく変わらない。“Watermelon Man”・・・スタジオで音決めなどのとき、パラリとこの曲を試し弾くミュージシャンが万国共通いかに多いことよ・・・。
そして1968年、20世紀を代表するこの大傑作『Speak Like a Child』がついに産み落とされた。はじめてこのアルバムを聴いたのは1972年、すでにアマチュア・ミュージシャン気取りでジャズを演っていた中学生の頃だから“Stella〜”を聴いたときのような衝撃というより、目がくらむような「美しい和音の連続」と、Trumpet(前回とりあげたサド・ジョーンズによる)、Alto Fluto、Bass Tromboneという恐ろしく音域の離れた三本の管楽器が奏でるオープン・ハーモニーの「浮世離れした響き」に、つまり、かなり音楽の細部まで理解したうえで感動できたことが何よりうれしかった。
“Speak Like a Child”により・・・マイルスのライヴ“Stella〜”や“My Funny Valentine”で聴かせた、まるでヨーロッパの20世紀初頭の印象派の作曲家たち(ドビッシーやラヴェル)のように「くすんだ美しさを強調した和音」を、かつてのスタンダード曲の和音進行を崩したうえに配置するのではなく、そのハービー自身が縦横無尽にちりばめた「オリジナル」曲がついに誕生したのである。
そう、この曲の誕生とはハービー・ハンコックなるミュージシャンが、ピアニスト、作曲家、アレンジャーとして、だけではなく「奇跡的な響きを演出する一瞬の和音」のイノヴェーターとしても「真の天才=何百年にひとりの希有なる存在」であることが、さっそく証明された瞬間でもある。
彼の生み出す「一瞬の奇跡的な響き」とは決して偶発的ではない。いわゆる「裏コード」「アウトサイド」などを極めて理論的に、一瞬のうちに計算して演出し、弾くのである。単なる「ブルーノート」ではなく、それを飛躍的に前進させ構築した「ディミニッシュ」主体の解釈と、その「へこんだ快感」をとことんまで追求 し、かつ「和音同士をもぶつける」という独自の「緊張美」を生みだしたハービーというミュージシャンは、かつて地球上に登場したいかなるジャズ・ミュージシャンよりも優れている。というか、ハービーほどのジャズ・ミュージシャンなんて、おそらく二度と出てこないのではなかろうか・・・。
さらに彼の凄いところは、その黒人特有の「しなやか」なリズム感覚が、他のいかなるミュージシャンよりも大きく勝っている点だ。彼の「タイム感覚」には黒人音楽の快楽すべてが詰まってるだけではなく、先鋭的かつトリッキーな「ポリリズム感覚」が備わっており、常に斬新で豊かな魅力に満ち溢れているのだ。その上にあの和音感覚が加わるのだから・・・もう手に負えない。
この“Speak Like a Child”という曲で、ハービーは50〜100年ぶんぐらいの「飛び級」をジャズにもたらしてしまったのかもしれない。何故なら、このアルバムが録音されてから、すでに36年を経ているというのに、今なおこのアルバムの音楽性が「時代の最先端」と謳っても、間違いではないからだ。
1976年のニューポート・ジャズ・フェスティヴァルのメイン・イヴェントは「ハービー・ハンコックの追想」で、ハービーのキャリアすべてがライヴで再現される予定だった。76年は毀誉褒貶の的だった「電化マイルス」時代が後期にさしかかろうとしていた時期で、当時のジャズ・ファンたちは、そのメイン・イヴェントでかつての黄金のアコースティックなマイルス・コンボ(ハービー=ピアノ、ロン・カーター=ベース、トニー・ウィリアムス=ドラムス、ウェイン・ショーター=サックス)が再結成されるのではないか? と大いに色めき立った。事前に大いに騒がれた割に、結果は実現にはいたらなかったのだが、それより僕が惹かれたのは、この『Speak Like a Child』セッションの再現であり、正直このときスイング・ジャーナル誌でこの記事を読み、僕はサンディエゴかサンフランシスコまで、マジで観にに行こうとまで思ったほどだ。今のように海外情報がネットで得られるわけもなく願いは叶わなかったが・・・。じっさい、このライヴ盤に“Speak Like a Child”自体は収録されなかったし、メンバーも違ったが、Trumpet(Fluguel Horn)、Alto Fluto、Bass Tromboneの3管アンサンブルによる最上級のハーモニーを聴かせてくれたのに、狂喜興奮したものだ。
ちなみに、このアルバム(アナログLP)をリヴィング・ルームやロビーに絵画のように飾っている知り合いが内外にとても多い。しかも、このジャケットがヴィジュアル的に優れているのは表紙だけではない。発売当時は画期的であった「三つ折」で、そのどの部分を表向きにしても「絵画的」に美しいし、アルバムの内容にピッタリ沿っているという稀有なジャケットである。ことジャズ・ファンにとって重要な「音を鳴らしながらジャケットを眺める」快感としても、このアルバムは間違いなく最上級。
いつも言うところの「レコード芸術」の頂点がここにある。 |