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Album
Thad Jones & Mel Lewis
『Consummation』1970 (2002 Reissue)
ダウンロード価格
¥1,000(税込) |
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個人的な価値観で言えば、まさしく名盤中の名盤。もう僕は世界中どこにでもこのアルバムを持ち歩き、どこに居ても聴いている。
よく「サドメル」とか「サドメル・オーケストラ」と呼ばれるが、本来はトランペット、コルネット奏者のサド・ジョーンズとドラマーのメル・ルイスの双頭リーダーによるフル・バンドのことで、「サドメル」とは日本流の略称だ。ジャズのフル・バンドといえばカウント・ベイシー、デューク・エリントンが最も有名だろうが、双頭リーダー・バンドとしては、この「サド&メル」のほか、ケニー・クラークとフランシー・ボーランによる「クラーク&ボーラン」オーケストラ(彼等は苗字)、そして我が穐好敏子とルー・タバキンによる「トシコ&タバキン」オーケストラ(こちらは夫婦。日本ではこう呼ぶことが多い)などが有名だ。
さてフル・バンドとは、トランペット4名、トロンボーン4名、サックス5名、リズム隊3〜4名を基本編成(もちろん例外的な編成もあるが)とした大所帯のバンドのことであり、70年代まではレコーディング、ステージ、TV、ラジオなど、あらゆる舞台で花形的存在であったが、80年代に入ってからは世界的に活動の場が激減した。シンセサイザーの普及とか、その理由をここで書いてもしょうがないが、それより何より、いかに激減したとはいえ、まだまだ世界には良いフル・バンドが存在し、また、カレッジ・フル・バンドがブラス・バンドと並び学生クラブ活動の華であることも、いまだ世界共通である。古今東西これらフル・バンドから極めて良質なスター・ジャズ・プレーヤーが多く巣立っている事実も見逃せない。僕も13〜19歳あたりで大いにハマったのクチなので、フル・バンドについては人一倍思い入れが強い。
ここまで書けば「じゃフル・バンド経験もアリ?」と切り返されるだろう。ハイその通り!さんざん演ってました(笑)僕はフルバンドを。しかも、この『CONSUMMATION』は、なんと収録ナンバー「すべての曲」を思いっきり練習、幾度となく人前でも演奏した。ちなみに収録曲「全曲」の演奏経験があるなんていうのは、このアルバムとカウント・ベイシーの『STRAIGHT AHEAD』ぐらいなものだ。だから、どちらもお手本として擦り切れるほど聴いたのだ。これはフル・バンド経験者にしか理解できない、いや、フル・バンド経験者だけが持ちうる「強力なシンパシー」かもしれない。クインシー・ジョーンズ&サミー・ネスティコの『BAISIE BEYOND』も共通してるのだが、これらのアルバムに共通しているのは収録曲全曲がレコーディング時そのままのフル・バンド譜面として一般発売されている点、これこそがシンパシーの「みなもと」である。「あのフレーズがさ〜」って言ったときの共有感たるや、ものすごいディープ(笑)なのだ。
このアルバムの、とくに"IT ONLY HAPPENS EVERY TIME"、"A CHILD IS BORN"、"US"の3曲は、フル・バンドやジャズに限らず、いやアマ〜プロを通して自分が演奏経験のある、あらゆるジャンルの楽曲(ゆうに10,000曲は超えているだろう)の中でも「最も美しい楽曲」に数えるべき3曲だ。10,000ぶんの3、言いかえれば3000曲に1曲あるかないかの(僕にとっての)名曲が、この『CONSUMMATION』というアルバムには集中して収められているという計算になる。
サドメル・オーケストラにはジャズ史上たぐい稀なる「頭脳」を持つサド・ジョーンズという「超強力なスコアの書き手」が居たことが、まず何より見逃せない。ジャズ・オーケストレーションの名手は数多い。エリントン、ネスティコ、ドン・コスタ、マーティー・ペイチ、ギル・エヴァンス、クインシー・ジョーンズ、ミッシェル・ルグラン、フランク・フォスターなどなど、僕はその誰をも愛し尊敬してやまないが、中でもサド・ジョーンズが得意とする「机上」派のスコアだけは本当にメカニカルな楽しさに満ちている。
まず「机上」という表現を「机上の理論」のような悪い表現に捉えないで欲しい。クラシックより複雑な(ジャズ)ヴォイシングを駆使した綿密なスコアを机上だけで仕上げられる特殊技能という意味だ。極端な例えだが「発想→音像→思考→スコア」という凡庸な動作ではなく、サドは「発想→スコア」という動作なのである。さらに、机上のメカニカルなスコアというのは、えてして頭でっかちでつまらなくなりがちだが、サドのは演奏する楽しさ、ひいては聴くよろこびに満ちているのだ。
上からハンク、サド、エルヴィン・ジョーンズというスター兄弟の一員として、しかも秀才肌の兄ハンク(ピアニスト)、凡人の理解を超越したビートを叩き出す天才肌の弟エルヴィン(ドラマー)の真ん中で上下に気をつかいながら音楽人生を泳いできた点も、彼の優れたアレンジ能力を育んだ要因かもしれない。ま、何ともしかし、この3兄弟はバケモノだ。
僕は70年代中盤サドメルが絶頂期のライヴを東京で観ている。このアルバムのメンバーと大きく変わらない最高のメンバー構成で(ベースが名手リチャード・デイヴィスから当時若手だったジョージ・ムラーツに替わってたぐらいだが、このライヴでムラーツは大いに名を上げた)、とにかく「上手い」スター・プレーヤーたちによる「完璧な」ライヴだった。しかもフィーチャリング・ヴォーカリストとして、なんと若き日の坊主頭(しかも剃りあげた)のディーディー・ブリッジウォーターまで来日していた。ちなみに当時トリオ・レコードにサドメル来日時のリズム隊と共にレコーディングした彼女の『AFRO BLUE』というアルバムも最高だった。彼女は、その後スタンリー・クラークと浮名を流し佳作アルバム『JUST FAMILY』を共に完成させ、多くのソウル、R&Bシンガー達にも大きな影響をあたえる。僕は90年代にParisでかの地に移り住んだ彼女のライヴを観たが、やはり70年代のサドメルで唄った彼女を初めて聴いたときの衝撃には及ばなかった。今では娘のChinaがCDを出してるって・・・時代だな〜(笑)。かつてスタンダップ・ジャズ・シンガーはフルバンドの専属からスタートすることが常だった、というか、それが成功への鉄則だった。そういう意味ではディーディーを専属シンガーに迎え入れたサドメルの選択眼、審美眼は正しかったということだ。蛇足だが90年代Parisでメル・ルイスのみによるフル・バンドも観たが、絶頂期のサドメルの生(ナマ)を観た僕にはどうしても物足りなかった。
サドメルの真骨頂のひとつが超絶サックス・ソリだ。「Soli=ソリ」とは元来「ソロの複数」を意味するイタリア語で、アドリブのように入り組んだ難易度の高い「同じ」旋律をサックス・セクション全員でハモるという、フル・バンドのハイライト西の横綱である。東の横綱は「Tutti=トゥッティ」と言って、これも「全員で」を意味するイタリア語の複数形容であり、トランペットの高音が生き、フル・バンドが一番きらびやかに聴こえる最高の瞬間でもある。このアルバムの"US"という曲は「Tutti」でありながら「Soli」でもある管楽器全員によるテーマ旋律がフィーチャーされている。まさしくその名のとおり「オレたち=USの音を聴いてくれ!」と言わんばかりに強力にドライヴする旋律=メロディー、そして後半は同旋律を「抑えて」も吹くのだが、強く吹くのと同じぐらいドライヴしてるのが本当に凄くで、聴くたびに鳥肌が立つ。
この管楽器ソリを「ユニゾンで簡素化させ」かつフル・バンドの輝きを保つことに成功した好例が、後年のスティーヴィによる"Sir Duke"であろう。
音楽における僕の愛する要素がすべて詰まっているのが、この"US"という曲だ。 |