ギター・フリークスの間で“匠の技”が信奉された、“地味な名手”ロイ・ブキャナン! “世界最強の腕前を持ちながらも、もっとも無名なギタリスト”と言われ続けた男が、このロイ・ブキャナンだ。多彩なトーンや匠的技を使いわけつつ、聴く者をときにハッピーにさせてくれたり、涙させてくれたりした、いわゆる“地味な名手”だった…。
彼はもともとはアメリカ南部アーカンソー州の牧師の家庭で生を受けた。1940年生まれ説が根強いけど、1939年説、1941年説もある。そして、2歳のときにカリフォルニア州ビクスレーに移り住み、9歳のときにスティール・ギターを最初にギターを弾き始めた。14歳のときに家を出、以降放浪生活を送りながらバンド活動も始めた。カバー・バンドやバック・バンドに加入し、プレイするという下積み時代を送った後にちっちゃなインディー・レーベル、BOYAから2枚の作品を発売した。それからしばらくしてメジャーのPolydorに移籍し、1972年に『ROY
BUCHANAN』で本格的なソロ・デビューを飾った。これを機会にライブ活動にも本腰を入れ、作品を重ねるたびに彼の名は次第にギター・フリークスの間に広がり、浸透していった。『ROY
BUCHANAN』からメジャー移籍後の通算4枚目のスタジオ録音作となった『A STREET CALLED STRAIGHT』(1976年)あたりまでが絶頂期で、1977年には初来日公演も行った。このときの模様はライブ・レコーディングされ、翌1978年に『LIVE
IN JAPAN』というタイトルでライブ盤化された。その後もコンスタントに作品を発売し、1986年には再来日公演も行ったけど、1988年8月14日に泥酔して収容されていたヴァージニア州フェアファックスの留置所で発作的に首吊り自殺を図り、この世を去った。享年48歳だった。
ブルース、ロックンロール、カントリー&ウェスタン、そしてハード・ロックと、まさに何でも来い、どんなジャンルでもお手のもの的な音楽的守備範囲の広さを持ち、また、そのジャンルによってトーン、プレイも変幻自在に変えるというプロのあり方は本当に凄い、説得力に満ち満ちている。なかでも『ROY BUCHANAN』収録曲だった「The Messiah Will Come Again」はギター・インストの名曲の誉れ高く、ジェフ・ベックの、あの「Cause We've Ended As Lovers」(邦題:「哀しみの恋人達」)と並び称されたほどだ。“地味な名手”と言われ続けた匠の技をこの機会に、ぜひ聴いてみてほしい。 |