ハンブル・パイからソロ独立!歴史的ヒット・アルバムとなった『フランプトン・カムズ・アライヴ』
特に学生時代、自分はライヴ盤が大好物だった。中でもレコード盤が擦り切れるくらい愛聴したのが、ディープ・パープルの『Live In Japan』(‘72年)、レッド・ツェッペリンの『The Song Remains The Same』(‘78年)、キッスの『Kiss-Alive!』(‘75年)、チープ・トリックの『At Budokan』(‘78年)、ユーライア・ヒープの『Live』(‘73年)、ジューダス・プリーストの『Unleashed In The East』(‘79年)、グランド・ファンク・レイルロードの『Live Album』(‘70年)、ハンブル・パイの『Performance:Rockin’ The Fillmore』(‘71年)などで、この、ピーター・フランプトンの『Frampton Comes Alive』(‘76年)もまた、一時期集中して聴いたライヴ盤の1枚だった。
この『Frampton Comes Alive』を発売した頃、ピーターがソリストとしての活動に転身してからもう4年以上経過していた。もともとはアイドル・バンド、Hard時代を経験、その後スティーヴ・マリオット(vo,g)と、かのハンブル・パイを結成するという確固たるキャリアの持ち主だ。彼のハンブル・パイ時代の最終作となったのが、先に挙げた『Performance:Rockin’ The Fillmore』だった。とにかくウルトラ大ヒットした作品だった。ライヴ盤というある種の企画盤でもこんなに売れるんだと思ったほどで、全米チャート10週連続No.1を死守、全世界で1000万枚以上のセールスをマークするという偉業を成し遂げた。
ハンブル・パイ時代はブルーズ・ベースのねちっこくてグルーヴィーなハード・ロックをやっていたけど、ソロ転身後は一転、明るく、ポップなアメリカン・ロック路線を追及した。この頃頻繁にAORという造語(Adult Oriented Rockの略)が使われていたけど、その言葉を一気に有名にしたのも、このライヴ盤の大ヒットだった。彼にとって通算5枚目のソロ名義作で、’75年の全米ツアーで収録された。シングル・ヒットした「Show Me The Way」「Baby, I Love Your Way」のほか、ハード・ロック的な「Money」、ローリング・ストーンズの「Jumping Jack Flash」のカヴァーなど聴き所も多い。
この後も彼はソロ活動を延々と続けていくことになるわけだけど、音楽的にもあまりパッとせず、このライヴ盤以上のヒット作を生み出すことは出来ていない。このライヴ盤の大ヒットにはアイドル人気もたぶんに働いたと当時言われたけど、そんな彼ももう御年56歳を迎えた。 |