総合TOP > リコメンドインデックス > 音楽と人 POWER PUSH!! > 08/03/26 syrup16g
みずからのバンド名を冠したこの作品『syrup16g』は、2004年に〈第一期終了〉を宣言して以降、数本のライブを行ってはいたにせよ、実質上の活動休止状態だった彼らの久々オリジナル作品であり、96年に専門学校の同級生によって結成されたこのバンドのラストアルバムである。そして、間違いなくバンド史上1、2を争う名盤だ。 解散を決意してから制作に入ったという、この『syrup16g』は、〈理想を夢見てきた いいだろう/途中まではいい感じだった〉〈破滅の美学なんかを利用して/いざとなりゃ死ぬつもりだった〉という、詞曲すべてを手がける五十嵐隆の痛切なまでの心情が胸に突き刺さる「ニセモノ」で幕を開ける。第一期終了宣言以降のライブで披露されてきた「途中の行方」や「バナナの皮」「ラファータ」「イマジネーション」をはじめ、かつてないほど純度の高い楽曲が並ぶ。 〈すべてを失くしてからは ありがとうと思えた/これはこれで青春映画だったよ 俺たちの〉と、終焉を意識したからこその、長年ともに歩んできたメンバーへの思いが綴られた「さくら」。五十嵐がずっとテーマとしてきた〈生と死〉というものが、父親の死によってよりリアルな形で楽曲へと昇華された「HELPLESS」。syrup16gに出会ってバンドをやろうと決意した、というART-SCHOOLの木下理樹が『五十嵐 隆の作り出す歌は美しい』とどこかで書いていたが、不器用で繊細すぎる男が吐き出すドロっとしたものが、透明度の高い美しいナンバーとして響いてくる。そして、同じく父親の死から喚起されたと思わしき、「夢からさめてしまわぬように」は五十嵐の弾き語りではあるが、バンドのレクイエムとしてアルバムの最後を締めくくる。 どんづまりな現状を生きる自分をさらけ出すことで、どうにもならない思いを吐き出すことで、そして絶望のありのままを直視することで、明日という希望へと昇華させていく…そんな痛みを伴うカタルシス。それがsyrup16gのロックだといってもいいだろう。それゆえに、聴き手を選んでしまう可能性が大いにある音楽ともいえるのだが、裏を返せば、流行や時代の空気に左右されず、本当に必要としている人たちに確実に届く音楽を鳴らしているのだ。だからこそ、ラストライブが行われた日本武道館には、1万3千もの人々に埋め尽くされた客席がステージを360度囲んでいるという圧巻の光景が広がっていたのだ。当の本人にどこまで思惑があったかは定かではないが、アンコールで、以前彼らの物販で販売されていたTシャツを五十嵐が着て現れた。そのTシャツに刻まれていたのは、〈昇華〉という文字。まさに、syrup16gという音楽の本質を表している言葉、といえるだろう。 終わりに向かって作られたとはいえ、この『syrup16g』にもこの言葉は十分あてはまる。あてはまりすぎて、最後の作品であるという事実が本当に残念でならない。繰り返しになってしまうが、みずからの名を冠したこのアルバムは、間違いなくsyrup16gというバンド史上1、2を争う名盤だ。 平林道子
そしてラストアルバムである『syrup16g』
みずからのバンド名を冠したこの作品『syrup16g』は、2004年に〈第一期終了〉を宣言して以降、数本のライブを行ってはいたにせよ、実質上の活動休止状態だった彼らの久々オリジナル作品であり、96年に専門学校の同級生によって結成されたこのバンドのラストアルバムである。そして、間違いなくバンド史上1、2を争う名盤だ。
解散を決意してから制作に入ったという、この『syrup16g』は、〈理想を夢見てきた いいだろう/途中まではいい感じだった〉〈破滅の美学なんかを利用して/いざとなりゃ死ぬつもりだった〉という、詞曲すべてを手がける五十嵐隆の痛切なまでの心情が胸に突き刺さる「ニセモノ」で幕を開ける。第一期終了宣言以降のライブで披露されてきた「途中の行方」や「バナナの皮」「ラファータ」「イマジネーション」をはじめ、かつてないほど純度の高い楽曲が並ぶ。 〈すべてを失くしてからは ありがとうと思えた/これはこれで青春映画だったよ 俺たちの〉と、終焉を意識したからこその、長年ともに歩んできたメンバーへの思いが綴られた「さくら」。五十嵐がずっとテーマとしてきた〈生と死〉というものが、父親の死によってよりリアルな形で楽曲へと昇華された「HELPLESS」。syrup16gに出会ってバンドをやろうと決意した、というART-SCHOOLの木下理樹が『五十嵐 隆の作り出す歌は美しい』とどこかで書いていたが、不器用で繊細すぎる男が吐き出すドロっとしたものが、透明度の高い美しいナンバーとして響いてくる。そして、同じく父親の死から喚起されたと思わしき、「夢からさめてしまわぬように」は五十嵐の弾き語りではあるが、バンドのレクイエムとしてアルバムの最後を締めくくる。
どんづまりな現状を生きる自分をさらけ出すことで、どうにもならない思いを吐き出すことで、そして絶望のありのままを直視することで、明日という希望へと昇華させていく…そんな痛みを伴うカタルシス。それがsyrup16gのロックだといってもいいだろう。それゆえに、聴き手を選んでしまう可能性が大いにある音楽ともいえるのだが、裏を返せば、流行や時代の空気に左右されず、本当に必要としている人たちに確実に届く音楽を鳴らしているのだ。だからこそ、ラストライブが行われた日本武道館には、1万3千もの人々に埋め尽くされた客席がステージを360度囲んでいるという圧巻の光景が広がっていたのだ。当の本人にどこまで思惑があったかは定かではないが、アンコールで、以前彼らの物販で販売されていたTシャツを五十嵐が着て現れた。そのTシャツに刻まれていたのは、〈昇華〉という文字。まさに、syrup16gという音楽の本質を表している言葉、といえるだろう。
終わりに向かって作られたとはいえ、この『syrup16g』にもこの言葉は十分あてはまる。あてはまりすぎて、最後の作品であるという事実が本当に残念でならない。繰り返しになってしまうが、みずからの名を冠したこのアルバムは、間違いなくsyrup16gというバンド史上1、2を争う名盤だ。
平林道子