総合TOP > リコメンドインデックス > 音楽と人 POWER PUSH!! > 08/01/30 The ピーズ
Theピーズは、1989年にメジャーデビューを果たした3ピースバンドであり、この08年も活動しているバンドだ。知る人ぞ知るというにはよく知られているし、かと言って誰もが知っているバンドでもない。今も昔もそうである。シーンにおける立ち位置は、それほど変わっていないのだ。だがそのことは、彼らがこの20年安定した作風で安定した活動を続けてきたということを意味しない。壮絶なバンドヒストリーを持つバンドである。 でも、彼らの2枚のデビューアルバム『グレイテスト・ヒッツ VOL.1』『グレイテスト・ヒッツ VOL.2』、その翌年リリースされた『マスカキザル』というアルバムを聴くと、笑ってしまうだろう。“どこが壮絶?”と。〈肉くう 肉くう〉〈カラあげ食いたかったぜ〉〈いい女でかければいい〉…当時の彼らは“バカロック”なんて言われていたりしたもんだけど、当時の彼らの歌詞の一節をこうして書き連ねてみると、それ、やっぱ外れてないね。 ただ、「このままでいよう」という曲が『VOL.2』に収録されている。〈きらわれてくのはつらい/忘れられてくのはつらい/でもぼくは何もできない〉。笑えるはずの“バカロック”に、この楽曲に代表されるようなとても笑い飛ばせない“どうにもならなさ”が宿命のようにつきまとっていたことが、彼らの魅力だったのだ。つまり、彼らにとっての“バカロック”は、“どうにもなんねー”ことを知っているからこその“バカロック”だった、とも言える。 バンドの構造もどうにもならない部分があって、そこが妙に魅力だった。彼ら、デビュー当時の上手なドラマーをあっさり脱退させ、『マスカキザル』から、完全なドラム素人をドラムとして正式メンバーに迎えたのだ。ごく普通に暴挙だ。なのに、スカスカのドラムが、ピーズのバンドサウンドとして妙にしっくりきていて、魅力的にすら思えたのだ。 そしてこの『クズんなってGO』である。『マスカキザル』の次、92年にリリースされたアルバムだ。ピーズの歴史において重要な意味を持つ作品である。voの大木温之は、自らとバンドの“どうにもならなさ”と、ここで初めて真正面から向き合ったのだ。全体を見渡せばバカロック的ノリは残りつつも、タイトルチューンとなった「クズんなってGO」では“バカロック”の“どうにもならなさ”は突き詰められてロックの寂寥感や虚無感へと形を変えた。より確かで、かつ美しいものになった。タイトルチューンにふさわしい名曲であるし、現在のピーズにおいても屈指の名曲だ。…しかしなぜ、ここで彼は“どうにもならなさ”と正面から向き合えたのだろう?わからないけれど、少なくともこのアルバムから彼は“酔っている”のは確かだ。「クズんなってGO」では〈なんだかとても酔っている〉と歌うし、「君は僕を好きかい」では、〈酒を飲んで逃げてる〉と。肉やカラあげや納豆はこれまで登場したけれど、酒はこれまで登場しなかった。 もちろんすべてが酒ではない。ただ、本当の寂寥感や虚無感へ接近しよう腹を決めたものにとって、酒がハイオク的な役割を果たすのは事実だ。ハイオクだから、加速もつくのだ。この『クズんなってGO』以降、ピーズの楽曲は寂寥、虚無を通り越して、はっきりと死を意識したものが増えていく。そして実際に大木はこのアルバムの5年後、バンドの生命と、自身のプロミュージシャンとしての生命をいったん絶つことになる。当時僕は、残念は残念だけれど、絶ったのが“生命”でなくてよかったと、本気で思ったものだった。 現在ピーズは元気に活動中なわけだから笑われてしまうかもしれないけれど、それほどの作品だった。興味をもたれた方は、どうか『クズんなってGO』以降の作品も聴いてもらえればと思う。 柳憲一郎
Theピーズ『クズんなってGO』
Theピーズは、1989年にメジャーデビューを果たした3ピースバンドであり、この08年も活動しているバンドだ。知る人ぞ知るというにはよく知られているし、かと言って誰もが知っているバンドでもない。今も昔もそうである。シーンにおける立ち位置は、それほど変わっていないのだ。だがそのことは、彼らがこの20年安定した作風で安定した活動を続けてきたということを意味しない。壮絶なバンドヒストリーを持つバンドである。
でも、彼らの2枚のデビューアルバム『グレイテスト・ヒッツ VOL.1』『グレイテスト・ヒッツ VOL.2』、その翌年リリースされた『マスカキザル』というアルバムを聴くと、笑ってしまうだろう。“どこが壮絶?”と。〈肉くう 肉くう〉〈カラあげ食いたかったぜ〉〈いい女でかければいい〉…当時の彼らは“バカロック”なんて言われていたりしたもんだけど、当時の彼らの歌詞の一節をこうして書き連ねてみると、それ、やっぱ外れてないね。
ただ、「このままでいよう」という曲が『VOL.2』に収録されている。〈きらわれてくのはつらい/忘れられてくのはつらい/でもぼくは何もできない〉。笑えるはずの“バカロック”に、この楽曲に代表されるようなとても笑い飛ばせない“どうにもならなさ”が宿命のようにつきまとっていたことが、彼らの魅力だったのだ。つまり、彼らにとっての“バカロック”は、“どうにもなんねー”ことを知っているからこその“バカロック”だった、とも言える。
バンドの構造もどうにもならない部分があって、そこが妙に魅力だった。彼ら、デビュー当時の上手なドラマーをあっさり脱退させ、『マスカキザル』から、完全なドラム素人をドラムとして正式メンバーに迎えたのだ。ごく普通に暴挙だ。なのに、スカスカのドラムが、ピーズのバンドサウンドとして妙にしっくりきていて、魅力的にすら思えたのだ。
そしてこの『クズんなってGO』である。『マスカキザル』の次、92年にリリースされたアルバムだ。ピーズの歴史において重要な意味を持つ作品である。voの大木温之は、自らとバンドの“どうにもならなさ”と、ここで初めて真正面から向き合ったのだ。全体を見渡せばバカロック的ノリは残りつつも、タイトルチューンとなった「クズんなってGO」では“バカロック”の“どうにもならなさ”は突き詰められてロックの寂寥感や虚無感へと形を変えた。より確かで、かつ美しいものになった。タイトルチューンにふさわしい名曲であるし、現在のピーズにおいても屈指の名曲だ。…しかしなぜ、ここで彼は“どうにもならなさ”と正面から向き合えたのだろう?わからないけれど、少なくともこのアルバムから彼は“酔っている”のは確かだ。「クズんなってGO」では〈なんだかとても酔っている〉と歌うし、「君は僕を好きかい」では、〈酒を飲んで逃げてる〉と。肉やカラあげや納豆はこれまで登場したけれど、酒はこれまで登場しなかった。
もちろんすべてが酒ではない。ただ、本当の寂寥感や虚無感へ接近しよう腹を決めたものにとって、酒がハイオク的な役割を果たすのは事実だ。ハイオクだから、加速もつくのだ。この『クズんなってGO』以降、ピーズの楽曲は寂寥、虚無を通り越して、はっきりと死を意識したものが増えていく。そして実際に大木はこのアルバムの5年後、バンドの生命と、自身のプロミュージシャンとしての生命をいったん絶つことになる。当時僕は、残念は残念だけれど、絶ったのが“生命”でなくてよかったと、本気で思ったものだった。
現在ピーズは元気に活動中なわけだから笑われてしまうかもしれないけれど、それほどの作品だった。興味をもたれた方は、どうか『クズんなってGO』以降の作品も聴いてもらえればと思う。
柳憲一郎