椿屋四重奏、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2005 in EZO、TYUNK、JUDE、KREVA、志村正彦(フジファブリック)、山中さわお(the pillows)、中島優美(チリヌルヲワカ)、アナログフィッシュ、スムルース、Rie fu、メレンゲ、SCARLET、THC!!、レミオロメン、矢野絢子、一青 窈、FAKE?、花田裕之×ウエノコウジ(Radio Caroline)、toddle、扇 愛奈、トルネード竜巻、ケイタク、MALCO、オーノキヨフミ 定価 680円(税込)
LUNA SEAは変なバンドであった。
10年近く付き合った僕が言うのだから間違いない。まず、5人が5人ともライバルで、メンバー内でしのぎを削っていた。また好きな音楽のジャンルもバラバラ。歌謡曲からハードコア、アンビエントにテクノやパンク。ソロ・プロジェクトで活動中の現在の5人を見ればわかるだろう。いったいどこで共通項を見出すのか、最初は謎でしょうがなかった。
しかし5人で音を出すと、それは確かにLUNA SEAの音になった。お互いがライバルだから、負けまいと高めあうのだ。そして、認められる、ことを全員が強く求めていたから、すべてにおいて貪欲だった。メジャー・デビューして、初期にリリースした『IMAGE』そして『EDEN』は、5人が凌ぎあいながら作り上げたLUNA SEA像であった。どこかにニュー・ウェイブの匂いを残しながら(「LASTLY」「Claustorophobia」)、パンクでもあり(「JESUS」)、ポップですらある(「Dejavu」「IN MY DREAM(WITH SHIVER)」「WISH」)。どうやってもジャンル分け不可なので、当時のメディアは彼らを、ビジュアル系、と位置づけた。単純に化粧をしていたからだが、その安直さが今のメディアの衰退にもつながってるような気がする。まあそれは余談だが、そのため、彼らは音楽的な側面で評価される部分が非常に薄かった。荒削りではあったものの、この頃の彼らはポストパンク、ニュー・ウェイブにおいて、高く評価できる。
それが頂点に達したのが『MOTHER』だった。全体に流れる、祈りにも似た思いは、ジャンルというものを超越して、圧倒的な世界観を作り上げていた。同時に「ROSIER」「TRUE BLUE」といった楽曲をチャート上位に送り込み、バンドは一躍、その存在自体がメジャーとなった。しかしそれ以降、そのアイデンティティを見失ったバンドは苦悩の時を過ごす。『STYLE』という作品をリリース後、それぞれがソロ活動に突入。何かをバンドに持ち帰ろうとしたが、新しいものを手にすることは出来なかった。しかし楽曲のクオリティは相当高く、ポップ・フィールドにアンビエントというジャンルを持ち込んだのも彼らが最初と言えるし、上海や台湾を廻るアジア・ツアーや、野外における10万人規模のライヴの先駆けになったのも彼らである。
バラバラな音楽性であるにもかかわらず、その関係性はとてもクールで、決して仲が良いわけでもなかった。それでもお互いを必要とし、頂点を目指し、その場所をつかみとったのは、認められなかったあの時代を共有し、それに対する反発心で世界と向き合ってきたからであろう。5年前、その活動に幕を下ろしたままだが、彼らのやってきたことは、他のどのバンドも真似すらできていない。