自宅前の路地が遊び場だった小学生時代、はす向かいに木造平家建ての一軒家があって、美大に通う姉妹がふたりで住んでいた。たしか九州の人で、その中古住宅は親が買い与えたという話を聞いたことがあるから、けっこうなお嬢様だったのかもしれない。
僕と弟はご近所さんのよしみで、10歳くらい上だったその人たちと仲よくなった。大学生が近所の小学生の遊び相手になってくれるなんて、いまでは考えられない話。でも僕らは年上だという以前に友だちだという意識の方が強かったものだから、しょっちゅうその家をたずねていた。 そして、特に長女の「M崎のおねえさん」には、長らく影響を与えられることになった。
断片的な記憶が、いくつか残っている。 同じくつきあいがあった僕の母親に、「ハタチになったのー!」とうれしそうに話す姿。 「ファッショナブルな若者」みたいな切り口で取材を受けたという、新聞の特集記事を見せてもらったこと。 いつものように家に遊びに行ったら、ギターを弾く坊主頭の男がいて、ギロッと睨まれた瞬間に軽い嫉妬心を感じたこと。 などなど…。
なぜ、そんなことを書いているか? 先日、ユーミンが荒井由実 だったころの4作品『ひこうき雲 』『MISSLIM 』『COBALT HOUR 』『14番目の月 』をまとめて聴いてみたら、その人とデビュー当時のユーミンに、ものすごく接点があることに気づいたからである。子どもの目から見ても、圧倒的におしゃれな存在だったという意味で。M崎のおねえさんの方がユーミンよりもすこし年上だったはずだが、少なくとも僕のなかでこのふたりは同等だったのだ。
そしてこれらの作品は時期的に、僕の思春期ともガッチリ重なりあってもいた。 1973年のデビュー作『ひこうき雲 』のときが小学6年。
中学1年になった'74年に『MISSLIM 』。
多感の極みといっていい、'75年に出た『COBALT HOUR 』のときが中学2年。
そして高校受験を控えてヒーヒーいってた'76年が『14番目の月 』。
いま思えば、これはかなり大きいことだった気がする。12〜15歳くらいの時期に得た音楽経験は、後々の人生に大きくつながるからだ。 ちなみにM崎のおねえさんとはそのころから会わなくなったが、向こうは向こうで社会に出たばかりの時期だったはずだ。
そんなことがあるから、ユーミンに関して僕は絶対的に荒井由実 時代のデビュー作以来4作品を支持する。それ以降を否定したいわけではなく、これは完全に世代的な問題だ。
だからこの4作品を聴くと、いまだに当時の記憶がよみがえってくる。 なかでも『COBALT HOUR 』には、特に鮮烈な印象がある。
『ひこうき雲 』『MISSLIM 』と同様に、村井邦彦のプロデュース。アレンジが松任谷正隆でコーラス・アレンジが山下達郎。そしてバック・ミュージシャンには細野晴臣(ベース)、鈴木茂(ギター)、林立夫(ドラムス)、松任谷正隆(キーボード)とキャラメル・ママが全面参加している。というだけでも信頼感は10000%。
ハイ・ファイ・セット のために書いた曲をセルフ・カヴァーした「卒業写真 」は、いわずと知れた国内ポップ・クラシック。ハイ・ファイ・セット のバージョンもさることながら、フラットな印象を与えるユーミンのボーカルだと、また胸に響くものがある。
コミカルでリラックス感漂う「CHINESE SOUP 」を聴くと、決まって具だくさんのスープが飲みたくなった(ただしイメージのなかのそれは、なぜかミネストローネだった)。
「少しだけ片想い 」からは快活で洗練された女性像が浮かび上がり、「早く、そういう人たちと対等に話ができるおとなになりたいなあ」みたいなことを考えさせられた。
「ルージュの伝言 」は後年、アニメ『魔女の宅急便』のテーマにもなったが、僕のなかではやはり当時の大学生の人たちのイメージだ。
たとえばこんな感じで、聴けばいろんな記憶やイメージが浮かび上がってくる。
だが、これはあくまで僕個人のイメージであり、当然ながらそこに心象風景のすべてが集約されているわけではない。いい方を変えれば、時代や立場や性別を超え、あらゆる人にアピールする力がこのアルバムには備わっているということだ。 そういう作品ってやっぱり、いつまでも大切にしたい。 それに間口が大きく開かれているからこそ、より多くの人に聴いてもらいたいと思う。 どんな人でも、その人なりの記憶をここから紡ぎ出せると思うから
M崎のおねえさんは、いまもまだ実家の近くに住んでいる。 旦那さんはコピーライター。
家はかなり前に改築され、何度かテレビや雑誌でも紹介された。
たしか大手化粧品会社のクリエイティヴ・セクションを経て、いまも自宅でそのメーカーの広告物などを手がけているはずだ。 最後に会ったのは、どちらもすっかり「大人の挨拶」を身につけてしまった数年前。会釈をしただけで終わったような気がする。 でも、もし今度また会えたら、小学生時代のことや、ユーミンとイメージが重なっていたことなどを話してみてもいいなと思っている。 やっと、そんな気持ちになれる年齢になった。
お知らせ 多方面で活躍中の音楽ライター・印南敦史のブログ「印南敦史の武蔵野音楽日記 」がついにOPEN!