vol.79   富澤一誠のフォークが好き!  
八神純子 「パープルタウン」
ロスから帰国して放った大ヒット「パープルタウン」秘話

八神純子は1980年4月から54日間、アメリカのロサンゼルスに旅立った。そして、ふつうのアメリカ人家庭にホームステイした。
「とにかく、ひとりの日本の女に戻ってゆっくりと考えてみたかったのね」
とそのころを述懐する。
「あのころは自信喪失していたの。特に歌を作る自信がなくなっちゃって…。デビューして丸2年間、いい曲を作ろうと思って、無我夢中でやってきたんですよね。でも、ふと気がついたとき、いい曲を作らなければいけない、というプレッシャーに押しつぶされそうになっている自分を発見したんです。このままではダメになってしまう。そんな不安が日増しにつのり、なんとかダメになる前に、立ち直らなくてはと必死にもがいていたの」



 ロスに滞在中、彼女はピアノも弾かず、シンガーとしての生活からまったく離れていた。結果的に、この54日間のアメリカ滞在が、彼女を変えることになったのだ。それまでの歌手生活は順風満帆だった。78年に「思い出は美しすぎて」でデビューすると、以後はほとんどの曲をヒット・チャートにのせた。
  しかし、シンガーとして有名になるうちにいつしか自分というものを見失っていた。目先のヒット曲にとらわれて、自分のスタンスを見定められられなかったのだ。その彼女がロスで暮らしたことで自分自身を冷静に見つめることができ、自分を取り戻した。
「それまでの私は、自分が好きだからうたうんだ。歌いたいものをうたえばいいんだっていう意識があったのね。それじゃあアマチュアだということに気づいたの」
 その甲斐あってか、帰国第1作の「パープルタウン」(80年7月21日発売)は60万枚の大ヒットとなったのである。



 
八神純子  「パープルタウン」
TRACK LIST

八神純子
「パープルタウン」
1980 Release
ダウンロード価格
トラック \210(税込)

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   1951年、長野県須坂市生まれ。70年、東京大学文科V類に入学。その後、現状にあきたらず、大学を中退。71年、音楽誌への投稿を機に音楽評論活動に専念。現在、ジャパニーズ・ポップス専門の音楽評論家として、独自の人間生きざま論を投影させ、広く評論活動を展開。
 著書は、ベストセラーになった『松山千春──さすらいの青春』『さだまさし──終りなき夢』『俺の井上陽水』をはじめとして、『新宿ルイード物語』『俺が言う@』『俺が言うA』『フォークが聴きたい』『Mの黙示録 ミリオンセラーは教えてくれる』『フォーク名曲事典300曲』『フォーク検定』など全56冊。
 【WEEK-END PARTY〜forever young〜】(FM NACK5/毎週土曜深夜0時〜3時)【SPIRAL OF MUSIC】(TOKYO FM/毎週金曜夕方5時〜5時30分)【ミュージック・ゼミナール】(STAR digio/毎週土曜夜11時半〜0時)【DAY BREAK FRIDAY富澤一誠 青春のバイブル】(JFN系列27局ネット/第一金曜日深夜3時〜5時)などのプロデューサー&パーソナリティーとしても熱いメッセージを送り続けている。全国的ヒットとなった『MOTER MAN』のSUPER BELL"Zを始めとして、骨骨先生、K-SAMA☆ロマンフィルム、yumirose、ミス・ゴブリン、さくまひでき、熊猫xiongmaoなどのプロデューサーとして、新しい才能を発掘・育成もしている。と同時に、評論家生活を通じて収集した膨大な量のプレスシート、パンフレット、アナログレコードなどを展示した<MUSIC & ARTIST DATA BANK フォーク&ニューミュージック資料館>を2005年春より公開、エルダー・マーケットの開拓にも力を注いでいる。
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