総合TOP > お役立ちインデックス > OnGenアーカイブス > 富澤一誠のフォークが好き! > 2007/10/10 小坂恭子
優れたディレクターの条件は、アーティストに的確なアドバイスを与えて触発し、隠れた魅力を引き出すことができる、ということだ。 小坂恭子にとって萩原暁さんは優れたディレクターだった。萩原さんは彼女の担当ディレクターになったとき、まず彼女がデビュー以来やってきた音楽を分析したという。そして、萩原さんは意外なアドバイスをした。 「軍歌とか演歌のレコードを参考に彼女に渡したんです。というのは、それまでの彼女は声楽をやっていたためか、やたら難しい曲を作っていたからです。やはり、一般受けするためには下世話さがないと。それでわざと軍歌や演歌を聴かせたんです」 萩原さんにアドバイスされて、彼女は彼女なりに一般受けということを考えた。 「井上陽水さんの“心もよう”とか、かぐや姫の“神田川”とかフォークのヒット曲の売れる要因を分析したんです。そうしたら、まず詞が大事なこと。簡単でわかりやすく、自分ひとりに語りかけてくれるような詞がいいこと。それに簡単なコードを使ったきれいなメロディー。こういうものを作ればいいと結論が出たんです」 こうして彼女は1曲作り上げた。それが「想い出まくら」だった。できあがった曲を聴いて萩原さんは再び彼女にアドバイスを与えた。 「キーを四度下げた方がいいといったんです。ぼくは男は女声、つまり、陽水のような高音、逆に女は男声というか山崎ハコのような男の声域に近いボーカルが好みだったんです。それに対して、彼女のボーカルはうまいけど、キーが高くて暑苦しく感じられた。それでキーを下げようと思ったんです」 「想い出まくら」(1975年5月25日発売)はそれまでの彼女のイメージとは異なった作品に仕上がった。「歌謡曲っぽいから」という理由で彼女は初め抵抗感があったようだが、発売されるや有線放送のリクエストから火がついて“ミリオンセラー”となった。 優れたディレクターがいかに大切かということである。