総合TOP > リコメンドインデックス > 富澤一誠のフォークが好き! > 2007/06/27 CHAGE&ASKA(1)
76年4月、チャゲ&飛鳥はそろって福岡第一経済大学に進学。大学ではふたりとも音楽部に入部。3年の終わりには「大学時代の思い出に」と<第15回ポプコン福岡大会>にそれぞれソロで出場し、ふたりとも九州大会に駒を進めた。ふたりが一緒に歌うのは、この九州大会が最初となる。 「九州大会の前に、ヤマハのディレクターから話があったんです。『せっかくだからふたりでやってみないか。歌もギターも、その方が絶対よくなるよ』。お互いにプライドがあったんですけど、すぐに決めましたね」(チャゲ) 初めてコンビを組んだふたりは、必死に練習したものの、九州大会では優秀賞止まりでつま恋本選会には行けなかった。この日から<つま恋本選会>をめざして本格的な練習が始まった。チャゲ&飛鳥のスタートである。そのかいあってか、彼らは78年秋の<第16回ポプコン>で「流恋情歌」を歌って入賞する。当然ながら、いくつかのレコード会社からスカウトされる。しかし、彼らは頑として首を縦にふらなかった。 「デビューしてやっていけるかどうか自信がなかったんです。自分たちの中にどういうものがあるかもわからなかったし、それでヤマハの人にもう一回やらせて下さいといったんです。もう一回やればもっといいのができると思ったんです」(飛鳥) 満を持して、彼らは79年春の<第17回ポプコン>に出場した。残念ながらグランプリは取れずに入賞止まりだったが、レコード会社の協賛社賞が五つもつき、数社から再びスカウトされた。 「本当はもう一回やろうかなと思ったけど、その頃は受かっても落ちてもデビューだなという気がしていた」(飛鳥)という判断を下してレコード会社と契約。79年8月25日に「ひとり咲き」でデビューを飾った。そして翌80年9月25日に「万里の河」を発表。うねるような迫力のあるハーモニーが評判を呼び、これが大ヒットしブレイクする。