総合TOP > お役立ちインデックス > OnGenアーカイブス > 富澤一誠のフォークが好き! > 2007/05/09 松山千春(4)
過ぎ去った思い出は時がたつにつれ、けばけばしさがとれ、セピア色になっていく。特に、男の、別れた女に対する思い出は、時がたつと、1枚のセピア色の写真となって、心の片隅にしまわれる。どんな男にも、そんな写真の1枚か2枚は必ずあるものだ。 千春にも忘れられない女はたくさんいる。今でも千春はそんな別れた女が好きだという。 「“恋”という歌をうたっていると、おれは安心するんだ。なぜかなあ? きっとこれまでに付き合っていた女の思い出がぎっしりとつまっているからじゃないかな。この歌をうたっていると、遠い過去のことが次から次へと思い出されてくる。おれは別れた女が今でも好きだ。ある時期、おれの人生を彩ってくれた女たちの横顔を思い浮かべると、本当に“ありがとう”といいたい気持ちになる。寂しくなると、ふと振り返りたくなる。でも、結局は“戻れない”ということを自覚しなければならない。おれはこの歌をうたっていると、別れた女を思い出すと同時に、もう戻ることができないんだということを強く思わざるをえない。おれもみんなも、ここまで来てしまった以上、もう戻れないんだ」 「男はいつも待たせるだけ」と「恋」(1980年1月21日発売)をうたいながら、千春はいつも「前に進むしかない」と思っている。そこがいかにも千春らしいところだが、過ぎ去った思い出を現実に引き戻すことができないことも、また確かなことである。 「恋」は千春の数多いナンバーの中で最もカラオケでうたわれる機会の多い歌だが、この曲を好んでうたう人たちは、“セピア色”の別れた女のことを思い出して感傷にひたっているのだろう。つかのまでも現実を忘れて美しい思い出にひたりたい。そう思いながら「恋」をうたう、私もそんなひとりである。