総合TOP > お役立ちインデックス > OnGenアーカイブス > 富澤一誠のフォークが好き! > 2006/06/28 遠藤賢司
田中裕さんが、ポリドール・レコードに入社したのは1970年4月のことだった。翌71年、同僚の金子章平ディレクターが遠藤賢司をポリドールにスカウトした。金子さんは語る。 「学生時代に六本木の自由劇場で初めて賢司のコンサートを見たんですが、びっくりしたというか、感じる歌でした。エロスがあって、官能的で……感覚として存在しているというか、とにかくそれまでに聴いたことがないような歌でした。だから、自分でやりたいと思ったんです」 当時、遠藤は吉田拓郎と並んで“フォークのプリンス”と呼ばれる有望な存在だった。学生時代からうたい始め、各地のフォーク・コンサートに出演して、ロックのリズムに乗せて、抑圧された性的エネルギーをバネにして独自の歌をうたっていた。「ほんとだよ」などのラブソングが多かったが、彼の歌はふつうのラブソングとは違って、まさに抑圧された若者の性的エネルギーを一気に爆発させるという感じだった。彼の歌はフォーク・シーンの中で精彩を放っていた。 遠藤のアルバム『満足できるかな』が完成し発売の運びとなった。しかし、会社側のノリは極端に悪かった。田中さんは述懐する。 「営業からそんなもん売れるわけがないだろうって言われて、初回プレスは2000枚からスタートでした」 初回プレスは通常5000枚だから、いかに期待されていなかったかがわかる。だが、田中さん、金子さんは燃えていた。フォークこそ新しい若者の音楽だと確信していたからだ。 「何が困ったかっていうと取り上げてくれるメディアがなかったこと。唯一ラジオの深夜放送がかけてくれたくらいかな……。それでもアルバムからシングル・カットした「カレーライス」(72年2月1日)は10万枚も売れた。コンサートで何十回とうたって事前のプロモーションができていたのと、三島由紀夫の割腹自殺のことをさりげなく扱っていたので、その話題性もあったと思う」(田中さん)