総合TOP > お役立ちインデックス > OnGenアーカイブス > 富澤一誠のフォークが好き! > 2006/05/24 オフコース(1)
オフコースはコンサート・ツアーで着実にファンを獲得していった。 彼らが、いわゆる“全国ツアー”を始めたのは1977年春のことだった。このとき全国各地40ヵ所でコンサートを行った。そして78年秋にはなんと“60ヵ所”でツアーを行った。これは特筆すべき出来事である。なぜなら、コンサート・ツアー“60ヵ所”は“超一流”の証明だからだ。 ふつうのツアーの目安は、40ヵ所でできれば“一流”とされている。だいたい県庁所在地クラスの都市でできるということだが、60ヵ所となると県庁所在地だけではないところをまわらなければならない。これは相当人気がないとできないことだ。その意味では、オフコースは78年秋の段階で“超一流”のランクにあったといえる。その証拠に、アルバムは30万枚以上売れていたし、中野サンプラザホールでのコンサートは3日間連続して満員で約8000人の観客動員を記録していた。 しかしながら、シングル・ヒットにだけは恵まれていなかった。それだけにツアーで“超一流”ではあっても、レコード・セールスにおいてはまだ“一流の下”だった。武藤敏史ディレクターは述懐する。 「コンサートで、オフコースはいよいよ爆発するぞ、という確かな手ごたえを感じていたぼくらは、ここまできたらCMとかテレビ・ドラマとかのタイアップなんて考えないで、自信を持って音楽のフェアウェイを歩いて行こうと確認しました。オフコースはデビュー以来、そのポリシーでやってきたんだし……音楽で勝負していけば間違いないと」。 翌79年1月20日に「愛を止めないで」が発売された。自力で売ろうと決意した東芝EMIのスタッフは、この曲のテレビ・スポットを打った。小田和正、鈴木康博の笑顔が映って、大空を鳥が飛ぶシーンがあって、突然「オフコースの……」というナレーションの入るスポットだった。スタッフの気合いが感じられたが、それが反映されたのか「愛を止めないで」は彼らにとって10万枚のスマッシュ・ヒットになった。このヒットによって、オフコースに対する期待感が飛躍的に高まり、マスコミは“アリスの次はオフコースだ”と盛んにはやし始めた。彼らにフォローの風が吹き始めたのである。