総合TOP > お役立ちインデックス > OnGenアーカイブス > 富澤一誠のフォークが好き!> 2005/09/14 さとう宗幸
「青葉城恋唄」(星間船一作詞、さとう宗幸作曲)が1978年5月5日に発売されたとき、中央ではほとんど評判にならなかったが、さとうの地元・仙台では日増しに支持者を増やしていった。 この歌は、彼が77年4月からNHK-FMの仙台ローカルで<リクエスト・アワー>にレギュラー出演し、聴取者から送られてくる詞に曲をつけていたときにできたものだ。同年6月にオンエアされたところ、最も多くリクエストが寄せられたという評判のいい歌だった。その歌がレコードになって発売されたものだから、仙台を中心に宮城県下では、待ってましたとばかりに売れてしまった。発売後、しばらくして、NHKテレビの<スタジオ102>が、仙台で「青葉城恋唄」が評判を呼んでいることを紹介した。これがきっかけとなり、じわじわと全国的に売れていった。
さとうは49年1月25日、宮城県古川市生まれ。歌作りを始めたのは大学2年の頃からと言う。「自分のテーマが見つかったのは、大学4年のときから3年間うたごえ喫茶のリーダーとして、歌を職業としてやり始めてからです。そこでシャンソンの心を知り、何がうたいたいのか、わかってきたんです。ところが、うたごえ喫茶はみんなでうたうところで、自分の作った歌を他人に聴かせる場所ではない。それで思い切って辞めました」 当時25歳、既に妻子があった。収入の道が閉ざされたため、ライブハウスなどをまわり、76年に自主制作のアルバム『バラ色の人生』を作った。「アルバムを作ることで無名でも自分は熱っぽくやっているんだということを確認したかった」と彼は言う。
このような下積みの後、NHK-FM仙台に起用されヒットに至るわけだが、杜の都・仙台を舞台に、過ぎ去った日の恋のきらめきを淡々とうたってやすらぎを与える「青葉城恋唄」は、その叙情性ゆえに一服の“清涼剤”となったのである。