vol.21   富澤一誠のフォークが好き!  
今回のPICK UP!>>さとう宗幸/青葉城恋唄
 
熱っぽさとやすらぎと…
 

 「青葉城恋唄」(星間船一作詞、さとう宗幸作曲)が1978年5月5日に発売されたとき、中央ではほとんど評判にならなかったが、さとうの地元・仙台では日増しに支持者を増やしていった。
  この歌は、彼が77年4月からNHK-FMの仙台ローカルで<リクエスト・アワー>にレギュラー出演し、聴取者から送られてくる詞に曲をつけていたときにできたものだ。同年6月にオンエアされたところ、最も多くリクエストが寄せられたという評判のいい歌だった。その歌がレコードになって発売されたものだから、仙台を中心に宮城県下では、待ってましたとばかりに売れてしまった。発売後、しばらくして、NHKテレビの<スタジオ102>が、仙台で「青葉城恋唄」が評判を呼んでいることを紹介した。これがきっかけとなり、じわじわと全国的に売れていった。

 

さとうは49年1月25日、宮城県古川市生まれ。歌作りを始めたのは大学2年の頃からと言う。
「自分のテーマが見つかったのは、大学4年のときから3年間うたごえ喫茶のリーダーとして、歌を職業としてやり始めてからです。そこでシャンソンの心を知り、何がうたいたいのか、わかってきたんです。ところが、うたごえ喫茶はみんなでうたうところで、自分の作った歌を他人に聴かせる場所ではない。それで思い切って辞めました」
 当時25歳、既に妻子があった。収入の道が閉ざされたため、ライブハウスなどをまわり、76年に自主制作のアルバム『バラ色の人生』を作った。「アルバムを作ることで無名でも自分は熱っぽくやっているんだということを確認したかった」と彼は言う。

 

このような下積みの後、NHK-FM仙台に起用されヒットに至るわけだが、杜の都・仙台を舞台に、過ぎ去った日の恋のきらめきを淡々とうたってやすらぎを与える「青葉城恋唄」は、その叙情性ゆえに一服の“清涼剤”となったのである。

 

 
さとう宗幸/青葉城恋唄
TRACK LIST

ダウンロード価格 各曲\210
 01. 青葉城恋唄  >>試聴

   
   1951年、長野県須坂市生まれ。70年、東京大学文科V類に入学。その後、現状にあきたらず、大学を中退。71年、音楽誌への投稿を機に音楽評論活動に専念。現在、ジャパニーズ・ポップス専門の音楽評論家として、独自の人間生きざま論を投影させ、広く評論活動を展開。
 著書は、ベストセラーになった『松山千春──さすらいの青春』『さだまさし──終りなき夢』『俺の井上陽水』をはじめとして、『新宿ルイード物語』『俺が言う@』『俺が言うA』『フォークが聴きたい』『Mの黙示録 ミリオンセラーは教えてくれる』『フォーク名曲事典300曲』『フォーク検定』など全56冊。
 【WEEK-END PARTY〜forever young〜】(FM NACK5/毎週土曜深夜0時〜3時)【SPIRAL OF MUSIC】(TOKYO FM/毎週金曜夕方5時〜5時30分)【ミュージック・ゼミナール】(STAR digio/毎週土曜夜11時半〜0時)【DAY BREAK FRIDAY富澤一誠 青春のバイブル】(JFN系列27局ネット/第一金曜日深夜3時〜5時)などのプロデューサー&パーソナリティーとしても熱いメッセージを送り続けている。全国的ヒットとなった『MOTER MAN』のSUPER BELL"Zを始めとして、骨骨先生、K-SAMA☆ロマンフィルム、yumirose、ミス・ゴブリン、さくまひでき、熊猫xiongmaoなどのプロデューサーとして、新しい才能を発掘・育成もしている。と同時に、評論家生活を通じて収集した膨大な量のプレスシート、パンフレット、アナログレコードなどを展示した<MUSIC & ARTIST DATA BANK フォーク&ニューミュージック資料館>を2005年春より公開、エルダー・マーケットの開拓にも力を注いでいる。
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