総合TOP > お役立ちインデックス > OnGenアーカイブス > 富澤一誠のフォークが好き!> 2005/07/27 N.S.P
N.S.Pは岩手県一関市で天野滋、平賀和人、中村貴之によって結成された。そしてヤマハ主催の<ポピュラー・ソング・コンテスト>に出場し、東北地区大会でグランプリを受賞して全国大会に駒を進め、そこで「あせ」という曲で優秀賞に輝いた。それがきっかけで、'73年6月に「さようなら」でデビューした。
はじめの1年間は右も左もわからない状況の中で、ただ与えられたスケジュールを一生懸命に消化するだけだった。シングル、アルバムともに2枚ずつ出したが、決して売れたとは言えなかった。天野滋は述懐する。 「アルバムを2枚作ったところで曲のストックもなくなってしまった。もう不安でしかたなかった。で、3人で話し合って、とにかくヒット曲を出そうという結論になったんです」
自分たちの将来を、曲をヒットさせることに託したのもまた自然の道理だった。 「実は『夕暮れ時はさびしそう』はぼくらの切り札になるとずっと前から思っていました。あの曲を作ったのは、まだぼくらが田舎にいるときだったんですが、あの曲は他の曲とは反応が違ってたんです。だから、セカンド・アルバムを作るとき曲がたりなくなって、この曲を入れようかという話が出たときも、嫌ですと言ってシングル用に取っておいたんです」(天野)
いわばN.S.Pの賭けだった。「夕暮れ時はさびしそう」は、'74年7月に発売された。 結果的に彼らは賭けに勝つことができた。「夕暮れ時はさびしそう」が30万枚を超えるヒットになったことにより、彼らも人気グループへと成長した。
「夕暮れ時はさびしそう」のヒットにより、田舎の情景を想起させ、それが聴く者の胸に郷愁を誘う“抒情派フォーク”が彼らのイメージとなり売り物となったのである。続く「雨は似合わない」もヒットした。連続ヒットによって、NSPはかぐや姫、グレープと並ぶ“抒情派フォーク”のスター・グループとなったのだ。そして、「お休みの風景」「ゆうやけ」「赤い糸の伝説」など“名曲”を生み続け、'87年に解散し、フォーク史に名前を残すことになる。'02年に再結成をして本格的に活動を始めていたが、天野滋が7月1日、脳内出血のために急逝。享年52歳だった。今年の2月2日にリリースした19年ぶりのオリジナル・アルバム『Radio days』が遺作となってしまった。合掌!