総合TOP > お役立ちインデックス > OnGenアーカイブス > 富澤一誠のフォークが好き!> 2005/05/11 山本達彦
山本達彦の音楽は“無国籍音楽”と言われた。自分の生きざまを歌にする吉田拓郎のようなフォーク・タイプではなかったし、あくまでサウンドを追求する山下達郎のようなポップス・タイプとも違った。また、矢沢永吉のように、聴き手の肉体に訴えかけるロック・タイプでもなかった。
「仲間意識って、ぼくにはないですよ。スタイルを拒否することがぼくのスタイルです」。
1978年9月、24歳でデビュー。そのときの決意も一風変わっていた。
「誰を目標にしようとか、一流のシンガーになろうとか、考えたことなかったですね。どんな看板も背負いたくない。オレは山本達彦だから、今まで通りにひとりで生きていく、それだけです」。
自分を売り出す計算も野心もなかった。デビュー後2年余り、目立たなかった原因かもしれない。しかし、その後、ヒット曲が出て彼は“シティ・ポップスの貴公子”と呼ばれるようになったが、貴公子という言葉の持つ軟弱なイメージとは逆の“頑固さ”を持ち続けた。
「いいものはいいし、良くないものは良くない。それが僕の、音楽に対する考え方。好きなアーティストの作る曲が、必ずしもいいとは限らないでしょう。肝心なのは、人間としての生きざまより、作り出す曲のメロディー・ラインや歌唱が、ぼくの好みかどうか。それだけです」。
デビューして今年で27年目。この“ポリシー”は今も変わっていない。そこがアーティスト・山本達彦の真骨頂である。