VIRGINに
マイク・オールドフィールド、ISLANDに
ボブ・マーリーが居たように、後に
バックストリート・ボーイズや
ブリトニー・スピアーズを輩出し、巨大レーベルと化すJIVE
RECORDS躍進の原動力となったビリー・オーシャン、'89年発表のベスト盤『
グレイテスト・ヒッツ』を今回はピックアップします。
JIVEが設立されたのは’81年。出版などを手掛けていたZOMBA GROUPのレーベル部門として機能することになったのですが、アメリカからはラップ系、例えばフーディーニ、クール・モー・ディーなどを売り出し、イギリスからは、ルビー・ターナーに南アフリカ出身のジョナサン・バトラーなどがデビューしました。が、なんといってもビリー・オーシャンの快進撃が80年代では突出しています。他にも、80年代後期からは
ジャジー・ジェフ&フレッシュ・プリンス(のちのウィル・スミスね)、ア・トライブ・コールド・クエスト、
サマンサ・フォックス、90年代は
R.ケリーや
アリーヤなど、続々と登場してくるわけですが、本稿の主人公であるビリー・オーシャンに話を戻すと、彼自身は既に’71年に本名であるレス・チャールズ名義でデビューし、ビリー・オーシャンと名乗ってからは老舗のGTOを拠点に、’76年の「ディスコ・ラヴ/Love Really Hurts Without You」(全英2位、全米22位)、’77年の「Red Light Spells Danger」(全英2位)といったシングルヒットを放っていて、そのままEPICに引き継がれることになる’82年までに計4枚のアルバムを発表しています。そんな彼が、JIVEに移籍し、起死回生の一発となったのが、代表曲となった’84年の「
Caribbean Queen (No More Love On The Run)」です。
もともと「European Queen」(全英82位)というタイトルだった曲が、マネージャーの進言によって「
Caribbean
Queen」と改題され、全米No.1(全英は6位)を記録します。確かにこの方が、カリブ海トリニダード・トバコ出身というキャラクターとリンクしますよね。しかも、
マイケル・ジャクソンの「Billie Jean」っぽさもいい味出しています。余談ですが、「African Queen」ってのも存在します。ビリー・オーシャンが凄いのは、イギリス発でありながら、アメリカのポップチャートでもブラックチャートでも成功したこと。
ソウルIIソウル以降、イギリスのアクトが大挙してアメリカでも成功を収めますが、今考えると、アメリカンチャート・サクセスの礎を築いたといっても過言ではありません。ということで、移籍第一弾となるアルバム『サドンリー』からは、「
Caribbean
Queen」以外にも、「
Loverboy」「
Suddenly」「
Mystery Lady」の順でヒットが出ます。JIVEの戦略として、アルバムのプロデューサーに同郷出身で、NYを拠点に活動するプロデューサー、キース・ダイアモンドとの奇跡的な邂逅を演出し、また当時は驚いたんですが、ロバート・ジョン“マット”ラングを大胆に起用。今や
シャナイア・トゥエインのダンナさんと紹介した方が解り良いロバート・ジョン“マット”ラングですが、その頃はAC/DC(紙ジャケで一気に再発されましたね)やデフ・レパードなどを当てたハード・ロック系のプロデューサーという認識でしたからね。
6枚目のアルバムの前に『ナイルの宝石』のテーマ「
ゲット・タフ/When the Going Gets Tough, the Tough Get Going」が’85年全米2位、全英No.1を記録します。この作品から、ウェイン・ブラスウェイトとバリー・イーストモンドのコンビが中心となり、’86年に『ラヴ・ゾーン』をリリース。ここから同様にヒットが生まれますが、ベスト盤には’86年全米No.1を記録した個人的にも大好きなバラード「
サッド・ソングス/There'll Be Sad Songs (To Make You Cry)」と、メランコリックな「
Love Zone」(全米10位)が選ばれています。
そして黄金時代3部作の最後となる’88年の『ティアー・ダウン・ジーズ・ウォールズ』は、引き続き前作のコンビがプロデュースを中心に手掛けているんですが、ロバート・ジョン“マット”ラングも3曲手掛け、中でも「
明日へのハイウェイ/Get Outta My Dreams, Get Into My Car」は再び全米No.1、全英3位の大ヒットとなります。ベスト盤では、“マット”ラングによるイギリスのみのカット「Calypso Crazy」、あと「
The Colour Of Love」とシングル・カット曲ではないですが「
Here’s To You」も選ばれています。
ということで紹介してない「
License To Chill」と「
I Sleep Much Better (In Someone Else's Bed)」がベスト用の新曲となります。勘のいい方はお気付きというか、スペル間違い?と思ったかもしれませんが、「
License To Chill」は本来『007/消されたライセンス』用に書かれたものですが、キャンセルをくらったためにタイトルを変更してリリースされたんですね。
レーベルの黎明期を彩ったビリー・オーシャンの功績、今一度振り返って考察してみるのも悪くありません。