日本でブレイクした洋楽のグループは幾つも存在しますが、本国以上にヒットし、いまでも日本人の脳裏に焼き付いているとなると限られてきます。例えば、
モーニング娘。の「
恋のダンスサイト」の元ネタであり、先頃
Berryz工房にもカバーされた楽曲「
ジンギスカン」なんてその典型でしょう。なんたって「
ジンギスカン」は、当時だけでも
マルコ・ポーロ、
5カラット、原たかし&バッドマンズなど、色んな人にカバーされているので、日本人には馴染み深いはずです。ということで、今回はジンギスカンの『
ベスト・オブ・ジンギスカン』をピックアップします。
そもそも日本ではGENGHIS KHANと表記しますが、本国ドイツではジンギスカンのドイツ語表記であるDSCHINGHIS KHANという綴りで活動しています。これだけで、日本というマーケットで如何に仕掛けられたグループであったかが解るでしょう。元々、旧西ドイツのラルフ・シーゲルとベルント・マイヌンガー博士が、ボニーMの「怪僧ラスプーチン」をヒントにコンセプトを立てスタートしたという成り立ちの時点から作り込まれていたわけです。
今、コンビの名前で後者に“博士”と付けて「?」と思った方もいるかもしれませんが、ベルント・マイヌンガー博士は、景気予測や経済分析の専門家で作詞も手掛けている人物なわけです。ますます胡散臭さが漂ってきますよね。そしてデモで制作した「
ジンギスカン」が、“ユーロヴィジョン・コンテスト”の最終審査を通ったことにより、実際に披露しなければなくなり招集されたのが、最初の6人のメンバーだったのです。この辺の良い意味での適当さがクラブ(ディスコ)ミュージックらしさでもあるんですが、彼らが参考にしたボニーMの仕掛人が、のちにミリ・ヴァニリというユニットを手掛けて大問題(この話はいずれ)になったりするので、あまりにヒットしすぎたらそれはそれで大変なんですが、ヒットとは、意外に力を入れてないところから生まれたりするものなんです。
日本ではデビューアルバムである’79年の『ジンギスカン』がピークで、この中から「
ジンギスカン」、「
めざせモスクワ」、「
サムライ」(日本のみ)、ドイツのみの「ロッキング・サン」がカットされました。アルバムは全部で5作品リリースしているんですが、途中から日本でのリリースもなくなり、歌詞も英語ではなくドイツ語のため、アメリカには進出しませんでした(それで空耳が多いんですが)。にしても、インパクトが強いため、誰もが「
ジンギスカン」のサビだけは歌えるんですよね。特に日本で人気が高かった楽曲は、「
ジンギスカン(Dschinghis Khan)」、「
めざせモスクワ(Moskau)」、「
ハッチ大作戦(Hadschi Halef Omar)」の3曲です。このベスト盤の曲名を見ても解りますが、楽曲ごとにコンセプトがあり、プチ・バーチャル世界旅行を楽しめるあたりもジンギスカンを聴くときの楽しみになっています。
日本でブレイクしたディスコ・ブーム、この時期はほんとに色々ヒットしたんですが、最近ではサンタ・エスメラルダによる
アニマルズのカバー「
悲しき願い (Don't Let Me be Misunderstood)」が車のCMで使われたりしていて、密かに嬉しかったりします。いっそのこと、アイドルがこの辺の楽曲を(というよりプロデューサーですね)取り上げたら、分かりやすさも手伝って、リバイバルが起こるかもしれませんね。
最後にプチ情報を。実はジンギスカン、新メンバーを含めた総勢10人で再結成し、昨年アルバム『7 Leben』も発表しています。興味ある方は是非。