先日、かなり大掛かりに大掃除をやったんですが、そこで長いこと遭難していたCDを大量に発見しました。この連載を書くとき、通常のライナーを書くように、手元に関連するCDが全部揃わないと気分が乗らなくて、書き始めておきながら断念したネタもたくさんあり、ようやく幾つかが日の目を見ることになります。その中の1つが今回ピックアップするエレクトライヴ101です。
エレクトライヴ101は、まだハウスにアンダーグラウンドの香りを残していたユニットです。活動時期は'90年前後のみで、今回紹介する『
エレクトライバル・メモリーズ』がデビュー・アルバムであり、遺作となってしまいました。このあと、ボーカリストであるビリー・レイ・マーティンはソロへ転向、残りのメンバーはグルーヴ・コーポレーションを結成するんですが、細かい話は後程。
もともとハンブルグ出身で、ベルリン経由でロンドンに出て来たビリー・レイ・マーティンが、今は亡き『Melody Maker』誌に募集広告を出したのが'87年のこと。最終的に、応募者の中からバーミンガムに住む4人とエレクトライブ101を結成するわけですが、'88年にはデビュー作品「
Talking With Myself」をHIP-NOTICという自主レーベルから発表します。幸運だったのは、
ペット・ショップ・ボーイズやブロス(詳しく触れませんが、80年代後半のイギリスのトップ・アイドルで、メンバーのクレイク・ローガンは、以前
メル&キム亭でピックアップしたキム・アップルビーとお付き合いしてました)を売り出した敏腕マネージャー、トム・ワトキンスの目にとまったこと。そして'89年にメジャー・デビューを果たし、「
Tell Me When The Fever Ended」が全英32位を記録します。続けて、デビュー作品「
Talking With Myself」を'90年に入り再度リリースし、今度は全英23位にまでかけ上がりました。この曲、実はのちにダニー・ハリソンとスピード・ガラージ系の187ロックダウンやハウス系のステラ・ブラウンを組むボーカリスト、ジュリアン・ジョナーの'88年の作品「Jealousy And Lies」のアンサー・ソング的存在で、リミックスをフランキー・ナックルズが手掛けていることも手伝いコアなハウス・ファンにはいまだに人気が高い作品です。
シングル2発に続き、今回ピックアップしたアルバム『
エレクトライバル・メモリーズ』を'90年に発表します。全体的に初期のシカゴ・ハウスが持つ危険で妖しくも、儚く繊細な雰囲気が漂っていて、非常に良く出来ています。ここからオデッセイのカバーである「
Inside Out」、「
You’re Walking」('90年全英50位)をカットし、シングル・リリースは終了。そして'92年に惜しまれながら解散してしまいます。
その後、ビリー・レイ・マーティンはザ・グリッドをプロデューサーに迎えた「4 Ambient Tales」やスプーキーとの「Persuasion」をリリースしたあと、特大ヒットとなる「Your Loving Arms」('95年全英6位)を含むBTプロデュースのソロ・アルバム『Deadline For My Memories』を'96年に発表します。余談ですが、このアルバムは傑作ですので、機会があれば是非とも聴いてみて下さい。この後も、彼女はソロ作をコンスタントにリリースし続けている一方、グルーヴ・コーポレーションは、『Co-Operation Dub』や『Dub Plates From The Elephant House』というシリーズのアルバムを発表するなどし、地道な活動を続けています。
ハウス・ミュージックとの相性が抜群の稀代のボーカリスト、ビリー・レイ・マーティン。彼女の原点を知るためにもエレクトライブ101、お試しあれ。