暑が夏いですね、といいい間違えるくらい残暑が続きますが、久方ぶりにゴキゲンな(死語)ダンス系アルバムにスポットを当てます。
ティン・ティン・アウトの’98年リリースの1stアルバム『
オールウェイズ』です。
ティン・ティン・アウトは、リンジー・エドワーズとダレン・ストークスから成るコンビなんですが、リンジー・エドワーズは
チャカ・カーンや
エドウィン・スターを始めとするセッション・ミュージシャンとして活躍し、クラブ系ではX-PRESS 2のアシュレイ・ビードルとデヴィッド・ホームズの3人で組んだザ・ディスコ・エヴァンジェリスツ、少しテクノ寄りなサウンドを展開していたインナースフィアという、当時アンディ・ウェザオールの彼女だったニーナの運営するSABRETTESからリリースしていたこともある人物です。
一方ダレン・ストークスは、ロザーラやアーバン・ハイプらをリリースしていたことで知られるPULSE 8のA&Rとしてアーバン・クッキー・コレクティヴらを売り出していました。この2人が出会い、カモフラージュやイントゥーイション名義でアンダーグラウンド・シーンを攻め始め、ダンスフロアを興奮させることに楽しみを見出して、イントゥーイションのアナグラム(語句転綴)であるティン・ティン・アウトという名で「
The Feeling」(’94年全英32位)をレッド・ジェリーの運営する今は亡き伝説のレーベル、HOOJ CHOONSのために制作します。続けてエスピリトゥことヴァネッサ・キノネスの「
Always Something There To Remind Me」のリミックスをやったんですが、諸事情で契約を失ったエスピリトゥのリミックスは、最終的にティン・ティン・アウト・フィーチュアリング・エスピリトゥをいう形でWEAからリリースされ、’95年に全英14位という大ヒットとなりました。ちなみに、この曲は
バート・バカラック&ハル・デヴィットのペンによって’64年にルー・ジョンソンが歌い、同年サンディ・ショーがカバーし全英No.1、また’83年には
ネイキッド・アイズもカバーし、「僕はこんなに」という邦題とともに話題となっています。
閑話休題。VIRGINのダンス・ディヴィジョンである:VC:と契約し、ミニ・アルバム『Adventures In Tin Tin Out Land』を’96年に発表するティン・ティン・アウトですが、そこから「Nu Nu」のヒットで知られるリデル・タウンセルの「Get With U」をサンプリングした「
All I Wanna Do」(’97年全英31位)をカット。次に「
Dance With Me」(’97年全英35位)、続けてマイアミのマーク・ボーイズがリバティ・シティ名義で放った名曲「If You Really Want Somebody」をサンプリングし、タイトル通りに生のストリングスを配した「
Strings For Yasmin」(’97年全英31位)をリリースしました。
今回はクラブ系なので、知らない固有名詞が多くてちょっと分かり難いかもしれませんが、ハウス・ファンならニンマリなネタが満載ですので、しばしお待ちを。’98年に入り
ザ・サンデイズ(いずれピックアップします)のROUGH TRADE時代の名作『天使のささやき/Reading,Writing And Arithmetic』に収録されている「物語の終わりに」をカバーした「
Here's Where The Story Ends」をリリースし、最高位である7位にランクインし、本作アルバム『
オールウェイズ』の発表となりました。
ざっとこんな感じなのですが、このコンビは、カバーのセンスに優れていて、他にも「
This Is For You」は「Don't Disturb This Groove」のヒットで知られるNYの知性派コンビ、システムが’85年に放った曲だし、2ndアルバムの『イレヴン・トゥ・フライ』では、エディ・ブリッケル&ニュー・ボヘミアンズの「
What I Am」までカバーしています。ところが難しいのが、ダンス系ユニットがヒットを出すと、だいたいが非クラブ・ミュージック化に向かい、生音を使いだしたりして、大概長続きせずに終わってしまいます。
ティン・ティン・アウトも’00年の「
Anybody's Guess」を最後にリリースが途絶えてしまうのですが、初期衝動で一気に作り上げてしまうダンス・ミュージックの楽しさっていうのを失ってしまうんでしょうね。難しいです。