ウェスト・コーストといっても、ヒップホップの“ウエッサイ”のことではない。あのイーグルスやドゥービー・ブラザースが日本でもバカ売れした、70年代アメリカン・ロックの一大潮流のことである。70年代に青春真っ只中だった人達は今や40歳代も終わりに差しかかっていることと思うが、そういうオッサン、オバサンがローラースケートをやりながら、アメリカに憧れて聴いていた音楽・・・、といえばわかり易いか。ライ・クーダーが片岡義男と同じCMに出ていた時代ですよ!ポパイの発売日が待ち遠しかった時代、みんな長髪が似合っていた時代、そして、いつの間にか「ホテル・カリフォルニア」で幻想が崩れ落ちた時代。それに気づかない人達を多く残したまま、産業ロックへと時代は移り変わっていく。
「Take It Easy」は、イーグルスが72年に放った大ヒットだが、彼らが影響を受けたクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングやポコ、フライング・ブリトー・ブラザース、さらに遡って、バーズやバッファロー・スプリングフィールドなどがウェスト・コースト・ロックの源流である。カントリーやフォークを土台にしたアコースティックなサウンドと爽やかなハーモニーのイメージが強いが、ロサンゼルスとサンフランシスコでは、それぞれに特徴のある音楽を生み出している。
ロサンゼルスには、何といってもハリウッドがあり、それをとりまく映画音楽産業とでもいえる製作システムが整っていた。そこから生まれたのがバーバンク・サウンドであり、レニー・ワロンカーやテッド・テンプルマンといったプロデューサーがウェスト・コーストの音を形作っていった。そして、新興レーベルであるアサイラムから巣立っていったアーティスト達、とりわけイーグルスの出現がウェスト・コースト・ロックのイメージを決定付けた。あわせてリンダ・ロンシュタットの活躍も忘れられない。サンフランシスコは、ヒッピー・ムーブメントと結びついたサイケデリック・ロックの流れで、グレイトフル・デッドやジェファーソン・エアプレイン、スティーヴ・ミラー・バンドなどが独自の路線で注目された。いわゆるウェスト・コースト的なイメージだと、イッツ・ア・ビューティフル・デイからパブロ・クルーズへの流れも押さえたいところ。
ここでは紹介できなかったが、カントリー・ロックの重鎮ニッティ・グリッティ・ダート・バンドや、爽やかコーラスのアメリカ、東と西を行ったり来たりのオーリアンズ、さらに、ビーチ・ボーイズやママス&パパスといったポップ・サイドのグループも、ウェスト・コースト・サウンドの歴史を語る時に欠かせない。あの頃の風に、もう一度吹かれてみたいと思いませんか?
(Text/遠藤哲夫)