現在もジャンルの細分化が進みながらも、脈々とその伝統が受け継がれている“Heavy Metal”。直訳すると「重金属」。その名の通り、ロックの中でも“重厚感”、“激しさ”、“スピード”などの要素を含んだ音楽を評して“Heavy Metal”と呼ぶ。
この“Heavy Metal”と言うフレーズが音楽シーンに登場したのは、映画『イージーライダー』、ステッペンウルフの「Born To Be Wild(ワイルドで行こう!)」(68年)の歌詞中に登場したのが最初と言われている。(彼ら自身がヘヴィ・メタル・バンドかと問われると、答えは「否」ですが。) そして、実際にヘヴィ・メタルの特徴をもったサウンドがシーンに登場したのは、1970年代半ば。当時、クリーム、そしてレッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ブラック・サバス、ユーライア・ヒープら大音量で演奏する、所謂“Hard Rock”が全盛期だった頃、そのフォロワーたちが「もっと激しく」、「もっと速く」を追い求め、行き着いたのがこの"Heavy Metal"という音楽。 その“Heavy Metal”誕生を決定付けたのは、先述したハード・ロック・バンドのビッグ・ネームたちからの影響を受けつつもその模倣だけに留まらずオリジナルな様式美を構築したジューダス・プリーストである。1976年にリリースされたセカンド・アルバム『Sad Wings of Destiny(運命の翼)』で彼らは“Heavy Metal”の基本形を完成させ、ジャンルとしての“Heavy Metal”を確立させた。それは音楽面だけでなく、デニム&レザーのファッションやライヴにおけるフォーメーションなどのパフォーマンスの面でもイメージを決定付けた。 また“Heavy Metal”に追い風となったのは、80年代直前にイギリスで巻き起こったNWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)の一大ムーヴメント。アイアン・メイデン、サクソン、デフ・レパード、マイケル・シェンカー・グループらが生み出した音楽は、パンク・ロックのフィルターを通った事によって研ぎ澄まされた切れ味と古き良き時代のブリティッシュ・ハード・ロックが見事に調和した新しい音楽としてここ日本でも認知され、その新鮮さが更に“Heavy Metal”を拡大するきっかけとなった。世界各地でNWOBHMに触発されたバンドたちが産声をあげ、L.A.メタル(ラット、モトリー・クルー他)、スラッシュ・メタル(メタリカ、メガデス他)、デス・メタル、ドゥーム・メタル等のサブ・ジャンル化が推し進められたのである。 実際、グランジ/オルタナティヴのブームに飲み込まれる1980年代後半辺りまでの約10年間が“Heavy Metal”の世界的盛り上がり/ピークではあったが、現在、“Heavy Metal”とは縁遠いと思われるバンドたちが影響/リスペクトを公言し、当時のブームを知らない若い世代からも再評価の気運が高まっている。 何より、ジューダス・プリースト、アイアン・メイデンらが黄金メンバーで復活し精力的な活動をしているのも見逃せない! 一方で、北欧を含むあらゆる国からも新世代ヘヴィ・メタル・バンドが生まれている事もシーンの活性化/今後のヘヴィ・メタル・シーンにとって明るい話題である。 (Text/西田井 幸生) |




















