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2003/09/10 Release ダウンロード価格 トラック 各\150(税込)
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*印の曲は、現在OnGenでは配信されておりません
日本で“プログレッシヴ・ロック”という言葉が使われ始めたのは、70年にピンク・フロイドの『Atom Heart Mother(原子心母)』が発売された頃らしい。それまでサイケデリックやアート・ロック(!?)と呼ばれていたものが、プログレッシヴ(進歩的な)へと発展したとすれば、このイエスも、ビートルズやフォーク・ロックの影響下から、プログレッシヴ・ロックへと変貌を遂げた絶好のサンプルといえるだろう。
イエスは68年に、ジョン・アンダーソン(vo)、クリス・スクワイア(b)の二人を中心にピーター・バンクス(g)、トニー・ケイ(key)、ビル・ブラッフォード(ds)の5人でロンドンで結成された。1作目や2作目で、アメリカ西海岸のバンドであるバーズやバッファロー・スプリングフィールドのカバーをしていることや、サイモン&ガーファンクルの「アメリカ」をシングル・リリースしていることから、初期においてはクリームやザ・フーなどのハード・ロック的な側面にフォーク・ロック風のコーラス・ハーモニーを折衷させた音楽性を持っていたことがわかる。イエスがその独自性を開花させるのが3作目『ザ・イエス・アルバム』(71年)からだ。ギターがスティーヴ・ハウに代わり、その後キーボードにリック・ウェイクマンが加入した時点で、イエス黄金期のメンバーが揃うことになる。
卓越した演奏力で、緻密な構成美を誇るシンフォニックな楽曲を奇跡的なスピード感とアンサンブルでこなしていく、その変幻自在なプレイに世界中が注目したのが、71年11月にリリースされた『こわれもの(Fragile)』だ。シングル・カットされた「ラウンドアバウト」もヒットし、各メンバーのソロ曲もちりばめた画期的なアルバムであり、ロジャー・ディーンが描く幻想的なジャッケトと共にイエスのブランド・イメージが確立した。その後に最高傑作の『危機(Close To The Edge)』(72年)をリリース、当時は3枚組アナログ盤として発売されたライブ盤『イエスソングス』(73年)、大作主義の頂点を成す『海洋地形学の物語 (Tales From Topographic Oceans)』(74年)、新たにキーボードにパトリック・モラーツを迎えさらに多様化したサウンドを聴かせる『リレイヤー』(74年)あたりまでをイエスの黄金期と捉えるファンは多い。
この後、イエスは度重なるメンバー・チェンジや、時代の波によるプログレッシヴ・ロック自体の衰退に晒されながらも、不死鳥のごとく甦る。明らかにサウンドが変化する78年の『トーマト』を経て、リーダーであるジョン・アンダーソン不在のまま、元バグルスのメンバーを引き抜き『ドラマ』(80年)を完成させる。この後、メンバーのスティーヴ・ハウとジェフ・ダウンズは、元キング・クリムゾンのジョン・ウェットン、元エマーソン・レイク&パーマーのカール・パーマーと共にエイジアを結成して、世界的な人気を獲得する。クリス・スクワイアが仕切った新生イエスは、元ラビットにいたギタリスト、トレヴァー・ラビンを迎え『ロンリー・ハート(90125)』(83年)を発表。シングル「ロンリー・ハート」が初の全米No.1ヒットとなり、よりコンテンポラリーなサウンドでイエスは完全復活する。メンバーが2つのブループに分裂して活動したり、全員一緒になったり、また黄金期のメンバーで再結成したりと、離合集散を繰り返しながらも現役バンドとして活動を続けるイエス。今でもそのサウンドは見事なまでに黄金期のイメージを継承するものであり、2003年の来日公演も記憶に新しい。
今回は、『Ultimate Yes: 35th Anniversay Collection』を基に、デビューから「ロンリーハート」の新生イエスまで、究極のプログレッシヴ・ロック・バンドの軌跡を徹底特集。リマスターによって抜群に音像が鮮やかになった初期の楽曲や、当時のアルバムには収録されていないシングル・バージョン、未発表曲にも注目である。
(Text/遠藤哲夫)