“超ド派手でバカ丸出し!”そんなイメージが初期ヴァン・ヘイレンにはぴったりだ。レッド・ツェッペリンやディープ・パープルでハード・ロック開眼した人にも、エアロスミスのロック王道にひたっていた人にも、このヴァン・ヘイレンの登場はいかに衝撃的であったか!
あらゆるロック・ギター・キッズを金縛り状態にさせたエドワード・ヴァン・ヘイレンのライトハンド奏法。その超絶ギター・プレイと、完璧なショウマン・シップを備えたヴォーカリスト、デヴィッド・リー・ロスの2枚看板で78年にデビューを飾ったのがヴァン・ヘイレン。デビュー曲であるキンクスのカヴァー「ユー・リアリー・ガット・ミー」が大ヒット。アルバム『炎の導火線』も新人としては異例の150万枚のセールスをあげ、新たな世代のハード・ロック・ヒーローとして世界中を震撼させた。
彼等の名を不動のものとしたのが、83年末に発表された6枚目のアルバム『1984』だ。シングル・カットされた「ジャンプ」が全米チャート5週連続No.1を記録し、続く「パナマ」「ウェイト」もヒット。ハード・ロックの金字塔には違いないが、シンセサイザーの大胆な導入もあり、この人気絶頂においてデイヴがバンドを脱退することに。この危機を元モントローズというアメリカン・ハード・ロックの大先輩バンドにいたサミー・ヘイガーを迎えて乗り切あたり、エディがバンドを大事にしている姿勢が伝わってくる。新メンバーによる86年の『5150』からは「ホワイ・キャント・ディス・ビー・ラヴ」が全米3位の大ヒットとなり、デイヴ時代とは明らかに違うヴァン・ヘイレンは更に大きく成長し、バラードにも挑戦。続く『OU812』からは、サミー・ヘイガーの個性が良く出た「ホエン・イッツ・ラヴ」もまた大ヒット(全米5位)となった。
若手のヘヴィ・メタル・バンド、メタリカやスキッド・ロウ、ミスター・ビッグなどが台頭してくる中、ヴァン・ヘイレンも90年代に突入し『F@U#C%K』でパワー全開、全米No.1アルバムとなった『バランス』(95年)で再び王者の威厳を示した。
ここでまた、96年にサミー・ヘイガー脱退という危機が訪れるが、今回も元エクストリームにいたゲイリー・シャロンを起用して『ヴァン・ヘイレン3』を98年に発表した。数々の困難を乗り越えてきた彼等が、また新たな展開を見せ、2004年にはサミー・ヘイガーが再加入しての再結成ツアーを開始。新曲3曲を含むベスト盤『ヴェリー・ベスト・オブ・ヴァン・ヘイレン‐The Best Of Both Worlds‐』もリリースされ、タイトル通り、デヴィッド・リー・ロス時代(第1期)とサミー・ヘイガー時代(第2期)からの選曲が楽しめる。またヴァン・ヘイレンの時代がやってきた。さあ、みんなで怒涛のハード・ロックにJump!!(Text/遠藤哲夫)