1990年、シカゴで生まれたソウルジャ・ボーイ(Soulja Boy Tell'em)。6歳の頃に家族でアトランタへ移動し、昔のパートナーだったヤング・クオンから打ち込みと録音の技術を教わり音楽に目覚めると、8年生(日本で中学生に値)の時に父親と移ったミシシッピで初めてパソコンに触れた。「もしミシシッピに行かなかったら、僕は今この場所にいなかった」と語るほど彼にとっては衝撃的な出会いだったようだ。その後、同級生のアラブと2人で“30/30ボーイズ”を組み、学校で受けが良かった自作曲を世界中の音楽がストリーミングで聴けるサイトSoundClickに公開。予想以上の反響が返ってきたため、もっと自分の名前を売り込もうと考えたソウルジャ・ボーイは自身の公式サイトwww.souljaboytellem.comを設立させた。再びアトランタへ戻った04年には、アトランタを基盤にしているマネージャー、デリック・クルームとペアを組み、わずか15歳で初ライブ。この頃になるとネットでの評判も急速に高まり、MySpaceやYoutubeで公開された曲はトータル試聴数1000万を軽く突破。イン・ヤン・ツインズのプロデューサーであり、アトランタ・ヒップホップをメインストリームに引き上げた立役者であるMr.コリパークの元、遂にデビューが決まったのだ。
『Souljaboytellem.com』と名づけられたこのアルバムは、17歳ながらセルフ・プロデュースした作品であり、まだまだ自分の名前を売り込みたいという熱意が伺える。まず、なんといっても抑えておきたいナンバーが、前述したデビューシングル「Crank That」である。話題の振り付けについて「ビートを作っていたときに、感じるまま、なんとなく体が動いたのさ」と語るように、1度観ただけで覚えてしまうほど簡単な振り付けもそうだが、スチールドラムとビートだけの簡素なトラックに乗っかる解かり易く強烈なフックが人気爆発の引き金となったのだ。2ndシングルとしてリリースされた「Soulja Girl」は現在売り出し中のR&Bボーカルグループ“I-15”を迎え入れ、甘いコーラスワークを効かせた、ティーンギャルなら即ノックアウト必至のメロウナンバー。学生時代に結成したユニット“30/30ボーイズ”の盟友アラブも「Bapes」「Yahhh!」「Pass It To Arab」の3曲に参加。豪華なゲスト陣ではないものの、攻撃的なバウンス・ビートでサウスファンなら身体がうずいて仕方がない中毒性トラックが満載である。各トラックに「オゥ〜!」「ユゥ〜!」といったフレーズもお決まりのように入り、このフックを聴く度にフロアをヒートアップさせてくれるはずだ。
ブラック・アイド・ピーズの頭脳的存在のウィル・アイ・アムのソロ3枚目。1stシングルの「I Got It From My Mama」や「Make It Funky」ではバイレ・ファンキ(ブラジルの最新パーティ・サウンド)が聴ける。クラブ・サウンドやオールド・スクール・ファンクにポップなメロディーを乗せ、ウィルのクリエイティヴィティが最大に発揮されている。
2005年の「Ridin'」の大ヒットで、ヒューストン=Hタウンの台風の目として注目されたカミリオネア待望の2作目。スリック・リックをフィーチャーしたリード・シングルの「Hip Hop Police」をはじめ、「Rock Star」「Welcome to the South」などの勢いのある曲が並ぶ傑作に仕上がった。バスタ・ライムス、クレイジー・ボーン、ピンプ・Cなども参加!