今夏、8月21日から始まる全米ツアーのオープニング・アクトにパール・ジャムの名が挙がっているのを見て驚いた。あのパール・ジャムを前座に・・・。ローリング・ストーンズが、世界最高のロック・バンドであることは誰もが認めるだろう。62年のバンド結成以来、40年以上も現役で活動しているストーンズ。ミック・ジャガーもキース・リチャーズもすでに還暦を越えてしまった(チャーリー・ワッツはとっくに)。こんなロック・グループは他にない。
ロ−リング・ストーンズというグループ名が、マディ・ウォーターズの曲から取られていることは有名な話で、彼等はブルース、R&Bなどの黒人音楽をこよなく愛し、そのコピーからスタートした。63年6月発売のデビュー曲「カム・オン」はチャック・ベリーの曲だったし、64年のファースト・アルバム『ザ・ローリング・ストーンズ』から3作目『アウト・オブ・アワ・ヘッズ』(65年)まではR&B、ブルースのカバーで埋め尽くされていた。64年のアメリカ・ツアーの際に、憧れのチェス・スタジオ(ブルースの本場)を訪れた彼等はそこで6曲録音している。この頃のミックのボーカルは黒人音楽のコピー・バンドのレベルを遥かに超えた歌心を持つに至っていた。
初期のリーダー的存在だったブライアン・ジョーンズ(g)の特異性と、ジャガー=リチャードのソングライターとしての才能がストーンズ独自のサウンド確立に向かったのが、65年の「サティスファクション」「ひとりぼっちの世界(Get Off Of My Cloud)」のNo.1ヒット(英米両方)であり、66年の全オリジナル曲による『アフターマス』

だ。アシッドやサイケデリック・カルチャーからの影響を経て、ストーンズがロックの王者としての風格を漂わすのが『ベガーズ・バンケット』(68年)から70年代初期までの流れである。アメリカ南部のルーツ音楽と対峙し、飲み込んでいく貪欲な音楽性は『レット・イット・ブリード』(69年)でひとつの頂点に達し、新たなレベルの『
スティッキー・フィンガーズ』『
メイン・ストリートのならず者』へと向かう。

69年7月にブライアンが自宅のプールで水死体で発見され、12月にはフリー・コンサートで演奏中に観客が殺されるという“オルタモントの悲劇”が起きる。ストーンズにとって最大の危機といえる時期であるが、新たにミック・テイラーを迎えた彼等は、2本のギター・アンサンブルでウネリを作り出していくストーンズ・サウンドを完成させる。その音楽的な絶頂期を捉えたのが『スティッキー〜』『メイン・ストリート〜』の2枚のアルバムなのだ。
“たかがロックンロール、だけどそれが好き”という、ストーンズの登録商標的ナンバー「
イッツ・オンリー・ロックンロール」をはじめ、「
ブラウン・シュガー」「
ダイスをころがせ」「
悲しみのアンジー」「
ミス・ユー」といったビッグ・ヒットを放った70年代、自らの“不良”のイメージと折り合いを付けながら時代の空気を敏感に反映させていく80年代、揺ぎない自信でスタジアム・ツアーをこなしていく90年代と、ストーンズは転がり続けながら、自らのロックンロールの歴史を築き上げてきた。ひとつの“伝説”として崇拝される存在ではあっても、決して過去のバンドではない。現役バリバリのロックンローラーであること、それは一緒に年を重ねてきた僕達自身の誇りでもある。
今回の特集は、英デッカ/ロンドンを離れてストーンズ自身が設立したレーベル、“ローリング・ストーンズ・レコーズ”からリリースされた71年以降の作品を紹介。97年のスタジオ最新作『
ブリッジス・トゥ・バビロン』まで絶賛配信中!
(Text/遠藤哲夫)