ギネスブックにも載っている、全米アルバム・チャート最長ランク・イン724週(15年間!)の記録を持つのがピンク・フロイドの『
狂気(The Dark Side Of The Moon)』である。73年にリリースされ、日本でも爆発的に売れたプログレッシヴ・ロックを代表するアルバムだ。幻想的な曲調、難解さと抽象性、タイトルやジャケットの不可思議さ、などが“プログレッシヴ・ロック”のイメージだとすれば、ピンク・フロイドほどその名にふさわしいグループはいない。
ビートルズの66年のアルバム『リボルバー』に収録されていた「トゥモロー・ネバー・ノウズ」が、プログレッシヴ・ロックを予見した最初の作品とも言われる。ロジャー・ウォーターズ、リック・ライト、ニック・メイソン、シド・バレットの4人によるピンク・フロイドがアンダーグラウンド・シーンですでに注目されていたのも66年で、「アーノルド・レイン」でデビューしたのが67年3月だ。当初はシドがリーダー的存在で、サイケデック・ロック色の濃い音楽だった。2枚目のシングル「シー・エミリー・プレイ」が全英6位のヒットとなり、8月にはアルバム『
夜明けの口笛吹き』がリリースされる。このアルバムが録音された英EMIスタジオの隣の部屋では、ビートルズの『サージェント・ペパーズ〜』の完成作業が行われていたそうだ。イギリスのサイケデリックを代表する2枚のアルバムの因縁めいた話ではある。
デビュー・アルバム発表後、ドラッグ禍により精神的バランスを崩したシドが脱退。残された3人は、新たにデイヴ・ギルモアをギタリストに迎え、68年の『
神秘』でシド時代とは異なる映像的な音楽空間を構築していく。映画のサントラ盤『モア』を経て、ライブとスタジオ録音で構成された実験色の強い『ウマグマ』を発表。さらに4人の色彩をひとつのテーマに収斂させたのが、ロック交響楽ともいえる『
原子心母』(70年)で、クラシックとロックを融合させた歴史的名盤として絶賛され、全英No.1を記録。日本でもフロイド人気が高まり、“プログレッシヴ・ロック”の代表グループとして認知された。その後の『
おせっかい』には大曲「エコーズ」を収録、さまざまな音響テクニックを用いて内的世界を表現したこの曲で、フロイドは新たな局面に突入する。
彼らの頂点を極めた『
狂気』が73年3月にリリースされ驚異的なセールスを記録。“誰の心にもある狂気”を表現したこのコンセプト・アルバムは、向こう側に行ってしまったシド・バレットを暗示してもいるが、しばらくの沈黙後に発表したのが、シドへの鎮魂歌とでも言うべき『炎』(75年)だった。バンド結成から10年たって、彼らはシドの呪縛から解放され自らの狂気を乗り越えていくことができた。この後、作品のテーマが社会批判へと向かうのも象徴的だ。
『
アニマルズ』で現実への警鐘を鳴らすが、パンク・ロックの嵐が吹き荒れるシーンの中ではリアリティを持つことができず、音楽的にはさらにストレートになった『ウォール』(79年)が全米1位となる。『狂気』と並ぶ彼らの代表作となったが、かつての幻想的なフロイドの姿はなく、83年の『ファイナル・カット』をもってオリジナルな形でのピンク・フロイドの歴史は一旦幕を閉じる。その後は、デイヴ・ギルモアが仕切る新生ピンク・フロイドが、ライブ活動をメインにしたエンタテインメント・バンドとして活躍している。今だからこそ、彼等の“プログレッシヴ・ロック”の頂点への道のりを、もう一度辿ってみる必要がある。(Text/遠藤哲夫)