時代が進むに連れ、細分化されて行くロックシーン。中でも、パンク/ハードコア精神を軸に1990年代に誕生したエモは、あらゆる方向に進化していった。そして、06年ごろから注目集めているのがエモにダンス・ミュージックの要素を取り入れたダンス・エモであり、このダンス・エモを全世界に広めたのがパニック・アット・ザ・ディスコである。
ブレンドン・ウーリー(Vo,Key,G)、ライアン・ロス(G,Vo,Key)、スペンサー・スミス(Dr)、ブレント・ウィルソン(B)の4人からなるパニック・アット・ザ・ディスコは、ネバダ州ラス・ヴェガス出身のロックバンド。06年にブレントの脱退に伴いジョン・ウォーカー(B)が加入、現在のメンバーに至っている。04年に結成すると、ライアンの曲作りに影響を与えたバンドの1つ、フォール・アウト・ボーイのピート・ウェンツにインターネットを通じて自作曲を紹介するという、地道なライブ活動で人気を獲得していく従来のルートを覆す、言わば賭けの行為に出た。しかし、これが功を奏す。ピートが自らラス・ヴェガスまで出向き、演奏を聴き終えると、すぐさま彼の運営するレーベルDECAYDANCEの第1弾アーティストとして契約が決定したのだ。まさに、現代社会のシンデレラストーリーである。
05年にアルバム『ア・フィーバー・ユー・キャント・スウェット・アウト』で全米デビュー。シングルカットされた「アイ・ライト・シンズ・ノット・トラジェディーズ」のシアトリカルな演出を凝らしたプロモーションビデオが話題になり、MTVビデオ・ミュージック・アワード2006でマドンナ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ等を抑え、最優秀ビデオ賞を受賞。これが本格的にブレイクするきっかけとなった。日本でも国内盤『フィーバーが止まらない』が06年に発売され、全米ではプラチナ・ディスクを獲得ほどのヒットを記録。エモーショナルなメロディにダンスの要素を注入させた画期的サウンドで、ロックシーンに新たな刺激を与えたことは確かだ。
そして、制作にほぼ丸1年をかけ彼らの憧れでもあったロンドンのアビー・ロード・スタジオでのレコーディングを行い完成させた、本作『プリティ。オッド。』。2年半ぶりのリリースだが、はっきり言ってダンス・エモの概念を覆す驚きの変化を遂げている。まず注目したいのは前作で起用していたシンセサイザーを一切使用しておらず、チェロなどのストリングス、トランペットなどのホーン・セクションを全編に取り入れている点だ。ビートルズやビーチ・ボーイズ、キンクスを思い描かせる60年代にさかのぼったようなロック・クラシックな世界が展開され、時代の最先端を行くダンス・エモが、パニック流ミュージカルへと姿を変えたのだ。
「君のために曲を書いてて忙しかったんだ。心配しないで、僕達は今も同じバンドだから、心配しなくていいんだよ」と、ファンへのメッセージを込めた「ウィ・アー・ソー・スターヴィング」でミュージカルは幕開けする。本作の1stシングル「ナイン・イン・ジ・アフターヌーン〜恋するタイミング」は、ホーンや手拍子がアナログのような温もりを持ちながらも古臭くはなっておらず、明るく華やかに包み込む。ここ3年の間によく聴いていたというビートルズの影響も随所に現れているようだ。「ドゥ・ユー・ノウ・ワット・アイム・シーイング?」が小鳥のさえずりと静かに立ち上がるイントロで夜明けを印象付けると、鐘の音を響かせる「ザット・グリーン・ジェントルマン」が朝の目覚めを合図する。そして、コーラスワークが盛大に広がる「ノーザン・ダウンポア」と軽快な「ホエン・ザ・デイ・メット・ザ・ナイト」がパーティを繰り広げるように楽しませ、全てが1つの物語のように展開していく。カントリーテイストの「パ・ドゥ・シュヴァル」「フォーキン・アラウンド」があれば、おとぎの国を旅しているような「シー・ハッド・ザ・ワールド」のメルヘンチックなメロディも面白い。世の中に溢れるネガティブな音楽ではなく、ピースフルとラブに溢れた誰もがハッピーになれる音楽を見事に完成させているのだ。20歳そこそこの若者がこれだけ創造性に富んだ作品を発表したことに驚きを隠せない。
今年の夏、パニック・アット・ザ・ディスコはサマーソニック08に出演する。シアトリカルと評判なライブパフォーマンスが、パニック流ミュージカルでどのように変化するか、この目で確かめようじゃないか。
(Text/Gudera)