ファクトリー・レコード誕生のきっかけとなったのが、ジョイ・ディヴィジョンだ。イアン・カーティスによる、恐怖や絶望に沈み込むような曲と暗鬱なボーカルで、セックス・ピストルズ以降のポスト・パンク時代の中で最も影響力を持つバンドだった。そのカリスマ的な存在だったイアン・カーティスの死(1980年5月18日に自殺)によって取り残されたメンバー達。バンドの頭脳ともいえるイアンを“喪失”することから始まり、混乱のなかを這いずり回りながら姿を現したのがニュー・オーダー(新たなる体制)である。
バーナード・サムナー(g/vo)、ピーター・フック(b)、スティーヴン・モリス(ds)の3人で再出発をしたニュー・オーダーは、以前からバンドのメンバーと知り合いだった女性、ギリアン・ギルバート(key/g)を新たに加えて、81年3月に1stシングルの「Ceremony」をリリース。ジョイ・ディヴィジョン時代に作った曲をバーナードのヴォーカルで焼き直したもので、B面の「In A Lonley Place」はイアンの自殺を暗示するような歌詞がショッキングだ。デビューアルバム『ムーブメント』はまだジョイ・ディヴィジョンの影を引きずっていたが、、4枚目のシングル「Temptation」あたりからエレクトリックなダンス・サウンドを確立する。そして83年3月にリリースされた5枚目のシングル「Blue Monday」が全世界的な大ヒットとなり、クラブ周辺のみならず一般大衆にまで広く認知された快楽的なエレクトロ・ポップとして画期的な1枚となった。歌詞はイアンへの追悼の意を込めたもの(ブルー・マンデイとはイアンの死の翌日、メンバーがその死を知った月曜日を指す)だが、シンプルなビートにシンセ音がからみ、アシッド・カルチャーともリンクするこの曲は後の“マッドチェスター”ムーブメント(レイヴの隆盛)や、現在へとつながるテクノ、ハウスの源流ともなっている。
世界で300万枚を売り上げた「Blue Monday」以降は、『権力の美学』(83年)『ロウライフ』(85年)『ブラザーフッド』(86年)と順調にアルバムを発表し、彼等にとってアルバム以上に意味があるシングルも、「Thieves Like Us」「The Perfect Kiss」「Bizarre Love Triangle」「True Faith」「1963」といった、ロマン主義風メランコリーの洪水のような名曲を連発。やはり、ニュー・オーダーといったら泣きのメロディが溢れる“エレクトリック・オルガズム”!そこいらのエレ・ポップ(ウルトラボックスやヒューマン・リーグ、ペット・ショップ・ボーイズなど)にはない崇高なエクスタシーを感じることができる。
最高傑作との評価も高い快楽的な『テクニーク』(89年)を発表後は、サッカーのワールドカップのテーマ曲「World In Motion」を出した以外、メンバーがそれぞれのソロ活動に入る。93年の『リパブリック』で再度結集したものの、メンバー間の不仲が決定的となりまた解散状態に。その後、98年に再び同じステージに立ち、2001年には、何と8年ぶりとなる新作『ゲット・レディ』が届けられた。日本にもフジ・ロック出演で現役としての貫禄パフォーマンスを見せつけているニュー・オーダーであるが、今年の『ウェイティング・フォー・ザ・サイレンズ・コー』の新作に続き、シングル盤を年代順に並べた『シングルズ』が待望のリリースとなった。これは、彼等の歴史を辿るにはもってこいのアルバムであり、最新作まで網羅されているのが何より嬉しい。「Krafty」が現在、日産自動車「セレナ」のCMソングとして流れている。(Text/遠藤哲夫)
冒頭の2曲はどこかスミスっぽい曲で、「Forbidden City」は甘いメロディのネオ・アコ風。「For You」もアップ・テンポのギター・バンド調で悪くない。エレクトロな曲は「Until The End Of Time」「Dark Angel」などで、その中間をいくような「Visit Me」が美メロで印象深い。
80年代の彼等のヒット曲を全て網羅したベスト盤。英米で1位を記録した「Don't You Want Me(愛の残り火)」が有名だが、彼等は初期においては、テクノ・ポップの先鋭を担っていたアヴァンギャルド性も持ち合わせていた。グループがヘヴン17と2つに別れてから、ニューロッマティック調のポップなサウンドとなる。ジョルジョ・モロダーとのコラボによる「Electric Dreams」はニュー・オーダー的。