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| 『ライク・ア・ヴァージン』(84年)でのビスチェ姿や、そのものズバリの写真集『SEX』(92年)とアルバム『エロティカ』、過激な演出で公演中止も出たガーリー・ショウ。その後は『ベッド・タイム・ストーリーズ』(94年)と来て、96年には未婚の母親になったマドンナ。彼女のアイドル/セックス・シンボル路線は、『トゥルー・ブルー』(86年)や『ライク・ア・プレイヤー』(89年)でパーソナルな自分を曝け出したことで、浄化されたかと思っていたのだが、より過激にスキャンダラスな香りを放ち続けるあたりは、やはり世界のセックス・シンボル、マドンナである。 |
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| 1958年8月16日、アメリカ・ミシガン州に生まれたマドンナ(本名:マドンナ・ルイーズ・ヴェロニカ・チコーネ)。イタリア系父親とフランス系母親のもと、小さい頃からダンスのレッスンを受け、75年にはミシガン州立大学の舞踏課程に入学するが、1年でドロップアウト。所持金35ドルで単身ニューヨークに向かい、ウェイトレスをしながら本格的にダンスと歌のレッスンに励む。この時期に出演したアダルト映画「マドンナ in 生贄」やヌード写真が後に暴露されたりもした。そして、長い下積み生活のすえ、82年にワーナー・ブラザース傘下のサイアーと契約。 |
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| 82年にシングル「Everybody」でデビューし、83年にアルバム『マドンナ(邦題:バーニング・アップ)』をリリース。ここから「Holiday」や「Lucky Star」がヒットし、2作目『ライク・ア・ヴァージン』で、マリリン・モンローの再来と騒がれ、一躍スーパースター仲間入りを果たした。マドンナのセクシーなファッションを全米の少女が真似をして社会問題ともなった。やりたい放題のマドンナに自分との共通性を投影したい気持ちは、今の日本でもそう変わらないはずだ。 |
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| マドンナは、この時点で既に大きな成功をおさめていたが、エロチカ路線を突っ走るのは前述の通り。彼女が脱セックス・シンボルとして円熟した女性像を見せるのは、96年の映画『エビータ』に出演し、ゴールデン・グローブ賞の主演女優賞を獲得してからだろう。88年の通算8枚目となる『レイ・オブ・ライト』では、音楽的にもウィリアム・オービットのプロデュースによるアンビエント・テクノやドラムン・ベースに近づいた新境地を見せた。スターとしての孤独感を滲ませながらも、自らの欲望のために‘光よりも速く’駆けるのが聖母マドンナ。大傑作と言われた『レイ・オブ・ライト』の次には、クラブカルチャーの鬼才、ミルウェイズをプロデューサーに迎えて『ミュージック』をリリース。前作とはまた違うエレクトロニカ・テイストで、フロアライクな曲が冴え渡る。 |
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| イラク戦争の開戦と同時期にリリースされた問題作『アメリカン・ライフ』が反戦的であるということで物議をかもしたのは記憶に新しい。それから2年振りの新作となる『コンフェッションズ・オン・ア・ダンスフロア』がいよいよリリースとなる。先行シングルの「ハング・アップ」は絶賛配信中で、ABBAの名曲「ギミー・ギミー・ギミー」のサンプリングを使用したダンスフロアを揺るがすナンバーとして大注目!(Text/遠藤哲夫) |
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| デビュー・シングルの「Everybody」から第5弾シングルの「Lucky Star」までヒットを量産したアルバム。「Burning Up」は全米ダンス・チャート1位に輝き、NYのアンダーグラウンド・ダンス・シーンから全米的なスターへと駆け上がるきっかけとなる。今聴くと、音作りはチープな部分はあるが、曲作りの才能はこの時点ですでに開花していた。8曲中5曲が自作だった。 |
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| 何といっても「Like A Virgin」が初のポップ・チャート1位(6週連続)を記録し、アルバムも全世界で2000万枚のセールスをあげた。プロデュースにはシックのギタリストでもある売れっ子のナイル・ロジャースがあたった。「Material Girl」も全米2位の大ヒットに。彼女の強烈なセックス・アピールはMTVなどのメディアをフルに使いこなすことで、マドンナのイメージとして定着する。 |
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| 初の主演映画「マドンナのスーザンを探して」(共演はロザンナ・アークエット!)が公開されたり、俳優ショーン・ペンと結婚したのに続き、本作が全世界28カ国でチャート1位を記録する大ヒット作となる。中絶する少女の心を歌った「Papa Don't Preach」やラテン・タッチが美しい「La Isla Bonita」、フェミニンな香り高き「Live To Tell」といった名曲揃い。 |
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| エロティックからロマンティックへと変貌を遂げた『ベッド・タイム・ストーリー』から4年。UKアンビエント・テクノのウィリアム・オービットをプロデューサーに起用し、エレクトロニカと極上の歌ものがシュールに絡み合うスペイシーな世界を展開。母親になったマドンナが見せる深い慈しみの表情も見逃せない。幾分ダウナー気味の曲も光が満ちてくるような美しさがある。 |
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| 精神性という面で純度がかなり高かった前作に比べ、フロアライクな「Music」が全米No.1に輝いたように、ポップなエレクトロニカへと方向修正してきたアルバム。鬼才ミルウェイズを迎えただけあり近未来な感じがするものの、驚くほどアコースティックでシンプルな曲もある。「What It Feels Like For A Girl」や「Nobody's Perfect」でのクールさは感動的ですらある。 |
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| 前作に引き続きチャート第1位に輝いた、10作目となる問題作。パンクとヒップ・ホップの要素を取り入れた「American Life」は結構、グリーンデイの「アメリカン・イディオット」に影響を与えたかもしれない。マドンナが語る“母国アメリカ”についてのアルバム。アコースティックの響きが新鮮な「Love Profusion」や007映画の主題歌「Die Another Day」もかっこいい。 |
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'92年の『エロティカ』から'00年の『Music』まで6枚のアルバムとサウンドトラックから選ばれた、マドンナ2枚目のベスト盤。ベイビーフェイスがプロデュースしたノスタルジックなラブ・バラードの「Take A Bow」、ミルウェイズを起用してのエレクトロニカ・ダンス・ポップの「Music」の2曲が全米No.1に輝く。ボンデージ・スタイルのビデオ・クリップで度肝を抜いた『エロティカ』から、まさしく聖母のような『レイ・オブ・ライト』まで振れ幅が大きい90年代のマドンナ。カリスマのラテン女性を描いた映画『エビータ』からは「Don't Cry For Me Argentina」を収録。
「Beautiful Strange」はサントラ盤『オースティン・パワーズ:デラックス』からのヒット・ナンバー。
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| ※こちらのアルバム収録楽曲は11/09より配信開始予定です。 |
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| 全27トラックもあり、75分間におよぶ本作を通して聴くのはしんどい。でもセクシー極まりないバラード「That’s The Way Love Goes」や、躍動感に溢れる「If」といったキラー・チューン満載。特に「That's The Way〜」は8週連続でNo.1を独走した。前作『コントロ−ル』に比べると大人になったという感じ。でもマドンナや兄マイケル・ジャクソンにはない健康っぽさが魅力か? |
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| 87年にオールディーズ・カヴァーの「ロコモーション」でデビューしたオーストラリア出身のアイドルが、目も眩むばかりのセクシー・クイーンに変身!ユーロ・ビートからクラブ・サウンドまで、その足跡はマドンナのライバルとして十分に対抗できる存在。ニュー・オーダーの曲をサンプリングした「Can't Get Blue Monday Out Of My Head」は、一度聴くと頭から離れなくなる。 |
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| ブロンディこと、デボラ・ハリーは現在もポップ・アイコンとして根強い人気を誇るが、70年代後半から80年代にかけてはディスコ・フロアーを大いに賑わせた。「Call Me」「The Tide Is High(夢見るNo.1)」「Rapture」は3曲連続でNo.1ヒットとなり、12インチやリミックスの多さでも、マドンナに引けをとらない。リミックス・アルバム『Beatiful-The Remix Album』も是非! |
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| 90年代前半までは、ジャネット・ジャクソンと人気を二分していたほどだったが、3枚目のアルバム後は失速してしまう。俳優エミリオ・エステベスとの結婚したことでも有名か?このファースト・アルバムからは「Straught Up」「The Way That You Love Me」が全米1位となっている。こちらもリミックス・アルバム『Shut up & Dance: Dance Mixes』あり! |
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