マイケル・ジャクソンが『スリラー』で一世風靡していた1982年、ジャクソン・ファミリーの末娘であるジャネット・ジャクソンがソロ・デビューを飾った。「今夜はビート・イット」や「ビリー・ジーン」、そして「スリラー」といった曲を立て続けに大ヒットさせていたマイケルの陰で、アイドル路線でデビューしながら、いまいちパッとしなかったジャネット。彼女が大変身するのは、プロデューサーにジミー・ジャム&テリー・ルイス(元ザ・タイム)を迎えて制作された3枚目のアルバム『コントロール』(86年)からである。
ミネアポリス・ファンクを代表するバンドであり、親分プリンスの元、モーリス・デイやジェシー・ジョンソン、ジャム&ルイス等を擁していた才能集団がザ・タイムだった。ジャム&ルイスはプロデューサー稼業が本職になってから、プリンス以上の活躍を見せるが、彼等がサウンド・クリエイターとして大きな注目を浴びるきっかけとなったのが、このジャネット・ジャクソンの『コントロール』だろう。SOSバンドやアレクサンダー・オニールの作品も手掛けていたが、『コントロール』のマンモス・ヒット(5枚のシングルがチャートのトップ5に入る!)には及ばない。
ジャネット・ジャクソンは、1966年5月16日、インディアナ州生まれ。キッズ・グループの最高峰でもあるジャクソン・ファイブを生んだ、ジャクソン一家の三女(姉にリビー、ラトーヤ・ジャクソン)であり9人兄弟の末っ子。7才の頃から兄弟のオープニング・ステージに立ち、ショー・ビジネスの世界へ。11歳でTVデビュー、最初は歌手ではなくドラマで活躍するが、82年にシングル「ヤング・ラブ」でデビューし、前述の『コントロール』で大ブレイクした。続く89年リリースの『リズム・ネイション1814』は、さらに爆発的なセールスを記録。当時のMTVで流れた「リズム・ネイション」の一糸乱れぬダンス・シーンは記憶に残る。レコード会社をA&Mからヴァージンに移籍して発表した『ジャネット』(93年)からは、濃厚なセクシーさも漂わせ、マドンナと並ぶ“ポップ・アイコン”としての地位を確立したと言えるだろう。
メッセージ性をもった歌詞や、アルバムを重ねる毎に新たなスタイルを生み出すジャネット自身のプロデュース能力も高い評価を受けているが、R&Bファンだけでなく、ロック・ファンにも興味を抱かせたのが、そのサンプリングの題材である。『ザ・ヴェルヴェット・ロープ』では、ジョニ・ミッチェルの「ビッグ・イエロー・タクシー」をサンプリングした「ゴット・ティル・イッツ・ゴーン」、マイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」(オカルト映画「エクソシスト」のテーマ)のメロディを借用したタイトル曲「ヴェルヴェット・ロープ」でビックリ。そして、『オール・フォー・ユー』では、アメリカの「ヴェンチュラ・ハイウェイ」のギター・フレーズが印象的に響く「サムワン・トゥ・コール・マイ・ラヴァー」、カーリー・サイモンの「うつろな愛」のサビとご本人を担ぎ出してラップさせる「サン・オブ・ア・ガン」と、かなり高度なサンプリングを披露している。勿論、往年のソウル・クラシックス・ネタも豊富。ヒップ・ホップの手法を用いながら、彼女が自らのルーツにリスペクトする姿勢もなかなか美しく、深いものを感じる。
自身のミドル・ネームをタイトルにした『ダミタ・ジョー』(04年)が今のところ最新作となるが、複数のプロデューサーを起用する新機軸で、あのカニエ・ウェストも参加。メガ・ヒットの『オール・フォー・ユー』の後であり、チャート1位になるような目立つシングル曲がないのが惜しいが、バラエティに富むリッチなR&Bアルバムで、これもじっくり聴きたい!
(Text/遠藤哲夫)











