インディアナ州の高校の同級生だったアクセル・ローズ(vo)とイジー・ストラドリン(g)が、LAに出てきて結成した“Hollywood Rose”と、トレーシー・ガンズ(g)がいた“LA Guns”が合体して85年に結成されたのが“Guns N' Roses”である。トレーシーが脱退し、“Road Crew”というバンドをやっていたスラッシュ(g)、スティーヴン・アドラー(dr)、ダフ・マッケイガン(b)が加わり、デビュー時のメンバーが固まった。自主制作によるミニ・ライブ・アルバム『LIVE!?★@LIKE A SUICIDE』が、口コミだけで4週間で1万枚を売り上げ、87年7月に『アペタイト・フォー・ディストラクション』をリリース。ロボットが女性をレイプするジャケットがすぐに発禁となり、タトゥー・ジャケに差し替えられた。ビルボード初登場こそ182位と振るわなかったが、発売50週目に全米1位となり、続いてシングル「スウィート・チャイルド・オブ・マイン」も全米1位となった。
その後GN'Rは、『LIVE!?★@LIKE A SUICIDE』に、新たにアコースティックな曲を加えて『GN'Rライズ』(88年)としてリリース。次作へのつなぎ的な意味合いだったが、これも全米2位に。スティーヴンがドラッグ問題で90年に解雇され、マット・ソーラム(dr、元カルト)とディジー・リード(key)が新たなメンバーとなる。91年春からは、93年まで続くワールド・ツアーを開始し、その間、待望のセカンド・アルバムとなる『ユーズ・ユア・イリュージョンT』『〜U』(91年)を発表し、全米チャート初登場1、2位を独占。GN'R人気がピークに達する中、メンバー間の確執も明らかになってくる。192公演に及び、700万人以上を動員したこのツアーの最中にイジーがバンドを脱退。アクセルとスラッシュの不仲説が流れ、95年にはスラッシュが自らのバンド“Slash's Snakepit”でアルバムを発表し、96年11月に脱退。ダフも98年にバンドを離脱し、オリジナル・メンバーはアクセル一人となってしまう。94年から制作に入っていたと伝えられるニュー・アルバムも出ないままに(パンク・ロックのカバー・アルバム『スパゲティ・インシデント』は93年に出ているが・・・)、新たな世紀を迎えるのであった。
こんな状況の中、誰もがGN'Rはもう終わりかと思っていたが、2001年1月1日に新メンバーでラスベガスの“ハウス・オブ・ブルース”に姿を現し、その後、幾つかのフェスにも出演。2004年に『グレイテスト・ヒッツ』がリリースされ(全英1位、全米3位に)、GN'R人気が決して衰えていないことを証明した。昨年は、UKツアーを敢行し、期待も高まる中での“Chinese Democracy World Tour 2007”のキック・オフである。遂に新作『Chinese Democracy』のリリースも現実を帯びてきて、そのツアーが日本からスタートするのも感激である。来日メンバーが果たしてどうなるのかも注目であるが、今もギラギラとしているアクセルの強烈なエゴを、しっかりと受け止めたい。
(Text/遠藤哲夫)