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JASRAC許諾番号
9005801003Y
30005900580
1003Y30007 |
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JRC許諾番号:
X000140A02L
JRC許諾番号:
X000140A03L |
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このマークは、レコード会社が提供するコンテンツを示す登録商標です
RIAJ60001008 |
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e-License
許諾番号
ID12060
ID15548 |
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「ジン、ジン、ジンギスカ〜ン♪」
“日本で最も知られている洋楽曲”との噂も、あながち嘘ではない「ジンギスカン」。1979年のレコード発売以来、80年代のディスコ・ブームではカップルで踊り狂い、90年代には運動会や各種イベントの定番曲に、そして21世紀の現在、お遊戯会で子供と一緒に踊る、なくてならないナンバーとなっている。さらに、ドイツ・ワールドカップを目前にして、サッカー日本代表の応援歌として、また盛り上がること必至である。
「ジンギスカン」は、西ドイツで結成されたジンギスカンのデビュー曲で、1979年のユーロビジョン・ソング・コンテストのドイツ予選でグランプリを獲得(本選では4位)し、ヨーロッパでの大ヒットにつながった。日本ではオリコン12位まで上がり、当時だけで16万枚の売上げを記録。2枚目のシングル「めざせモスクワ」も大ヒットとなり、その2曲を含むファースト・アルバムは50万枚以上のセ−ルスとなった。現在までの、ベスト盤などの売上げも含めると200万枚を超えるというから凄い。
ジンギスカンは男性4人(1人はダンサー)、女性2人からなる6人組グループで、5枚のオリジナル・アルバムを残し、1985年に解散。そもそものグループの始まりは、音楽プロデューサーのラルフ・ジーゼルと作詞家(経済博士でもある)のベルント・マイヌンガーが、ドイツ出身のボニーMのヒット曲「怪僧ラスプーチン」に触発され、同じような歴史上の偉人を題材にした「ジンギスカン」という曲を作ったことによる。その発表にあわせ、オーディションで選ばれたメンバーによって作られたのがジンギスカンだったわけだ。
今回配信となる『ベスト・オブ・ジンギスカン』から、彼らの代表ナンバーを紹介していこう。
まず「ジンギスカン」は、蒙古の帝王チンギス・ハーンを讃える勇壮でめちゃ楽しいナンバー。ディスコ・ヒットを超えて学校教育(ダンスの時間)の定番曲となった、ビートルズ級の楽曲と申せましょうか?“ウッ!ハッ!”というフレーズが、モーニング娘。の「恋のダンスサイト」の元ネタとなったことは有名。同じく78年リリースの大ヒット「めざせモスクワ」は、翌年(80年)のモスクワ・オリンピックを当て込んで作られたが、肝心の西側諸国は参加をボイコットしましたね…。この曲も幼稚園から高校まで、スクール。・ダンスの定番となる。ロング・バージョンは間奏部分にセリフが入る。ジンギスカンの3大ヒットといえば、もう1曲「ハッチ大作戦」(80年)。アラブ圏の冒険物語の登場人物、ハッチ・ハレフ・オマールを歌ったもの。謎のグループ、マルコ・ポ−ロのカバー「勇者オマール」と同じ曲だ。
日本のみでシングル・カットされたものに、どう聴いても中国メロディの「サムライ」と、空中都市“マチュピチュ”を題材にした「インカ帝国」がある。この辺の曲までが、オリコン・チャート入りを果たしている。81年になると、マカロニ・ウェスタンのテーマ曲をディスコ化したような「哀愁のピストレーロ」、叙情味あるメロディが印象的な、ライン川の妖精のことを歌った「ローレライ」などがリリースされるが、すでに一時期の勢いはない。日本では、当時のオリジナル・アルバムは3枚目までしか発売されなかったが、ベスト盤はいろいろ出ており、“マイアヒ”で火がついた空耳フラッシュで「もすかう〜めざせモスクワ」が話題となったことや、サッカー・ワールドカップが間近なことも重なり、昨年12月に発売されたのが『ベスト・オブ・ジンギスカン』である。一家に一枚!重宝すること間違いなし!!
(Text/遠藤哲夫)
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