数年前にベックが来日したとき、友人が興奮気味で言ったのだった。
「昨日、渋谷の東急本店前あたりを歩いてたら、ベックがスケボーに乗ってすーっと通りすぎていったんですよ」
その彼に虚言癖はないし、決して目も悪い方ではないと思う。とはいえ、ひたすら信憑性に欠ける話。だが同時に、「ベックなら、やりかねねーなー」とも思えたりもする。
斬新な音づくりのみならず、「俺は負け犬だ。なぜ俺を殺さないんだ?」という歌詞も衝撃的だったシングル「ルーザー」をインディーからリリースしたのが1993年。翌年にメジャーからリリースされた同曲はビルボードのチャートで5週連続1位の快挙を成し遂げ、以来ベックは一貫して自分の世界観の枠内で生き続けているからだ。
やりたいことしかやらない男。
だからこそ、圧倒的な共感を勝ち取れる男。
そんなベックが、10枚目のアルバム『モダン・ギルト』をリリースした。
今回は、ナールズ・バークレイのメンバーであるデンジャー・マウスことブライアン・バートンをプロデューサーに迎えている。いつもながら予想外のアイデアで驚かせてくれるというか、嗅覚に優れた人だなと改めて思う。それに、奇才といって差し支えない両者がこういうことをやるというのは、妙に納得させられる話でもある。
ベックは大半の楽曲でアコースティック・ギターとドラムを、ブライアン・バートンがキーボードを、そして過去の諸作でもおなじみのジョーイ・ロワンカーも数曲にドラムとパーカッションで参加している。また、シンガー・ソングライターのキャット・パワーも2曲に色を添えている。豪華ゲストをごっちゃり集めるのとは対照的で、必要な人だけで作り上げたという印象が強いのだ。しかもそんなラインナップが叩き出してきた音が、なんとロウ・ファイで60年代臭濃厚なブリティッシュ・ロック・サウンドなのである。
たとえばいい例が、事前に彼のサイトとmyspaceにアップされた新曲「ケムトレイルズ」。これがまさにサイケデリックの極みで、全体の流れもまるでタイム・マシンで1969年に戻ったような錯覚を与えてくれる。
他の楽曲にしてもそうだ。フィル・スペクターがやさぐれたような(ってヘンな表現だけど)「オーファンズ」にはじまり、疾走感満点の「ガンマ・レイ」、屈折60’sポップといった趣の「モダン・ギルト」や「ユースレス」、あるいは「ウォールズ」、感傷的な音づくりが心に残る 「レプリカ」、アグレッシブなグルーブ感を持つ「ソウルズ・オブ・ア・マン」、ブリブリのベースが痛快な「プロファニティ・プレイヤーズ」、重たく陰鬱とした「ヴォルケーノ」と、各曲それぞれがくっきりと際立っている。
それから楽曲以外にも、「いいセンスだなあ」と思わせるのが全10曲、計34分という構成。最近はやたらと長尺で飽きのくる作品も少なくないだけに、この短さは痛快。逆に、じっくりと聴き込める。ジャケもクールでかっこいいし、トータル的な意味で最高の完成度だ。
ひとことで言い表せば、「またしても、やられちゃいました」って感じ。
(text/印南敦史)