昨日の夜のことだ。部屋のかたづけをしながら聴き流している(つまりはそれほど真剣に聴いていたわけではない)とき、感傷的に歌い込まれる「シング・アバウト・ラヴ」にぐっときた。奇をてらっているわけではないし、むしろ昔ながらのソウル・マナーを継承した誠実なバラードだ。消費型の音楽であふれるシーンにおいてはだからこそ新鮮で、「いい意味で、変わってないな」と思った。
いやいや、ひょっとすると深みはさらに増しているかもしれない。当然ながら派手な変化があるわけではないし、むしろ地味なくらいなのだけれども、それがアリシア・キーズらしい。だから安心して聴けるのだ。デビュー当時から顕著だった誠実さが、さらに突き詰められているといったらいいのかな。
感情を絞り出すようなボーカルとアタック感の強いビートが絡み合う「ノー・ワン」は、すでに全米でも大ブレイク中のファースト・カット。シンコペイトするビートが心地よい「レックレス・ラヴ」とともに、今作のハイライト・トラックといえるだろう。
けれども個人的には、やっぱりバラードが好きだ。ピアノを主軸とした構成で歌われる「レッスン・ラーンド」、「プレリュード・トゥ・ア・キス」、「シュア・ルックス・グッド・トゥ・ミー」、それから柔らかくて深いビートも印象的な「テル・ユー・サムシング(ナナズ・リプライズ)」と居並ぶそれらの楽曲には、理屈を超えた説得力を感じるから。
じわじわと盛り上がっていく「スーパーウーマン」、オルゴールような音色をループさせた「ライク・ユール・ネヴァー・シー・ミー・アゲイン」、ゆるいグルーヴがポイントになった「ティーンエイジ・ラヴ・アフェア」などのミディアムもいいですね。主張しすぎず、それでいて寡黙でもない、ちょうどいいバランス。
ところで前2作でも同じような感慨に捕われたのだけれど、「ゴー・アヘッド」とか「ウェア・ドゥ・ウィ・ゴー・フロム・ヒア」「アイ・ニード・ユー」みたいな楽曲を聴いていると、「この人やっぱり、サバ読んでんじゃない?」なーんて勘ぐりたくもなってくるのだ。なぜってこのビート感は絶対に、ヒップホップの深いところを理解していないと作れないものだから。ボーカルもタイトなキックに負けていなくて、やっぱり才能を感じてしまいます。
デビュー作『ソングス・イン・A・マイナー』、そしてクラシック化しているスマッシュ・ヒット「ユー・ドント・ノウ・マイ・ネーム」を含むセカンド『ダイアリー・オブ・アリシア・キーズ』から、4年の歳月を経て発表された3枚目のアルバム。いまさらいうまでもなく彼女は過去2枚のアルバムでグラミー賞9部門を受賞し、2000万枚以上のアルバム・トータル・セールス実績を打ち立てている。
けれどもそんなこと、少なくとも僕にとっては後づけのトピックでしかない。大切なのは、このアルバムが深い満足感を与えてくれるという個人的事実だけだ。
もっといえば、R&Bとしてどうということよりも、“アリシア・キーズの作品”としての価値の方がずっと大きい。いまは音楽を簡単につくれる時代だけれど、これは彼女にしかつくれない作品だ(そう言い切れる音楽が、いまの時代どのくらいあるというのだろう)。
若いR&Bファンのみならず、一般リスナーも充分に満足できるはず。自信を持っておすすめできます。
(Text/印南敦史)