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2006/06/28 Release ダウンロード価格 トラック \200(税込)
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作曲家、歌手、ギタリストとして活躍する、日本の音楽界を代表するサウンドクリエーター。「ザ・フォーク・クルセダーズ」解散後、72年にサディスティック・ミカ・バンドを結成。日本のバンドとして「初めてイギリスツアーを行うなど、日本の音楽界に大きな影響を与えた。近年は、スーパー歌舞伎や舞台の音楽監督、『パッチギ!』に代表される映画音楽を担当するなど精力的に活動中。
ドラマー、作曲・編曲家、音楽プロデューサー、ファッションデザイナーとして活躍中。大学在学中に加藤氏率いるサディスティック・ミカ・バンドに参加。解散後、78年にはイエロー・マジック・オーケストラ(Y.M.O)を結成、世界的な大成功を収め、日本のみならず世界の音楽シーンに多大な影響を与えた。近年は、パリコレや映画の音楽監督なども務める。
日本のロック界、フュージョン界を代表するギタリストとして活躍中。72年にサディスティック・ミカ・バンドへギタリストとして参加。解散後、吉田拓郎氏、井上陽水氏、松任谷由実氏など数多くのビッグアーティストのレコーディングやライブに参加しながら、76年に初のソロアルバム「セイシェルズ」でソロ・デビューを果たす。その後はソロを中心に活動し、コンスタントにアルバムを発表。
ベーシスト、作曲家、音楽プロデューサーとして活躍中。加藤和彦氏の誘いにより、サディスティック・ミカ・バンドに参加。その後、村上秀一氏、ロン・ウッド氏、キース・リチャーズ氏など国内外の著名アーティストと共演。近年は、尾崎亜美氏、奥田民生氏のツアーに参加するなど、コンサートを中心に精力的に活動している。
元ザ・フォーク・クルセダーズの加藤和彦と彼のパートナーだったミカ、そしてジャックス、フライド・エッグと伝説のバンドを渡り歩いてきたつのだ★ひろによってサディスティック・ミカ・バンドが結成されたのは1971年。翌72年のシングル「サイクリング・ブギ」リリース後につのだが脱退し、かわって高橋幸宏(dr)、小原礼(b)、高中正義(g)と錚々たるメンバーが加わり、73年にアルバム「サディスティック・ミカ・バンド」をリリースした。
さらに今井裕(key)を加えて74年に発表された『黒船』は、いまなお評価の高い歴史的名作だ。大ヒット・ナンバー「タイムマシンにお願い」を生んだこの作品は時代をテーマにしたコンセプト・アルバムで、海外でも高い評価を受けることになったのである。
ここまでスケールの大きいバンドは、それ以前にもそれ以後にも現れてはいない。
ところで、サディスティック・ミカ・バンドの魅力のひとつは「余裕」だと個人的には感じている。もちろんその大前提として質の高い音楽性や各人のテクニックがあるわけだが、メンバーひとりひとりが「サディスティック・ミカ・バンドという状況」を楽しんでいることが大きな意味を生み出しているのである。
たとえばその好例が、松任谷由実、加藤和彦、高中正義、高橋幸宏、後藤次利、坂本龍一という構成によって一日だけの再結成を実現した1985年の「サディスティック・ユーミン・バンド」。ラインナップを見ただけでもスケールの大きさがわかろうというものだが、そんなすごいことさえお遊び感覚でさらっとやってのけてしまえるところに、彼らの実力の大きさが垣間見える。
さらには桐島かれんをボーカリストに迎え、加藤和彦、高中正義、小原礼、高橋幸宏によって実現した1989年の「期間限定再結成」もある。こちらもまた根底に感じられるのは、あたかも「機が熟してきたし、いいボーカリストも見つかったから、久しぶりにやってみようか」とでもいうような余裕だ。無理がないだけに、スタンスそのものがかっこいいのだ。
そんな彼らが17年ぶりの再結成に際し、フィーチャリング・ボーカリストに木村カエラをチョイスした。すでにキリンラガーTVCMでおなじみだが、まさに彼ららしく、そしてまったく無理を感じさせない絶妙のキャスティングだ。そして結成から35年を経ても、このバンドが動いていることを実感させてくれる。
カエラ・バージョンには、ミカのそれとは異なる純粋さが表れている。無理がなく、自然で、そして心地よい。伝説のバンドと木村カエラが絶妙のバランスで拮抗する、新たな名作といえるだろう。
彼らを初めて聴く人は、オリジナル・バージョンと聴き比べてみるのもいいかもしれない。そしてそこから『サディスティック・ミカ・バンド』『黒船』『天晴』などのアルバムを聴き進んでいけば、さらにこのバンドの奥深さを実感できることだろう。
(text:Steve Johnston a.k.a.Propmaster Sweet)